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それは夢の終焉を告げる合図。




act23.夢が終わるその前に




「市に?」

「うん!」


にっこり笑う義妹を見て、朔は縫い針を動かす手を一旦止めた。


「昨日弁慶さんと見てきたんだけど、朔に似合いそうなの一杯あったんだよ。ほら誕生日に何にも出来なかったから、あげたいの」


だから明日一緒に行こう。

そう言って、至極ご機嫌な笑みを浮かべる義妹。
つい笑みで返してしまう自分が随分甘い義姉だと、朔はとうの昔から自覚していた。

梶原朔の私室内には現在、仲間の衣服がいくつも畳まれ、器用な手で繕われるのを待っている。


忘れもしない、朔の誕生日。
あの日は土御門家に囚われの身となっていたゆきに、祝う事なんて出来なかった。

それが彼女にはずっと気になっていたのだろう。
相も変わらずこんな所は律儀な娘だ。


「ふふ、ありがとう。私は貴女のその気持ちだけで充分よ」

「私が嫌なの!」


憤然と腰に手を当て胸を張る辺り、何とも彼女らしい。
こんな時のゆきは、何処かの総大将と張るほどの「頑固者」。


(本当に良いのに。この娘が居るだけで)


こうして呑気に笑ってくれる事が何より。
自分の事を大切に想ってくれる、その気持ちが嬉しいのだから。


「‥‥そうね、お願いしようかしら。一緒に見つけてくれる?」

「うん!」


にこにこと。
あるはずの無い尻尾がはち切れんばかりに触れているのが見えた気がした。
しかも茶色い小型犬という設定だったりする。

朔もにっこりと微笑を返したその時。


「神子」


シュン、と空気を切る聞きなれた音と共に、室内に極彩色が溢れた。



「‥‥あれ?リズ先生?」

「望美ですか?此処には居ないけれど」


この人でも珍しい勘違いをするものだ、と呆気に取られたゆき達。


「‥‥‥」


鬼の青年はそんな彼女達と室内をざっと見渡し、ゆきに視線を戻した。


「望美ちゃんならさっき、有川くんと夕飯の買い物に行ったみたいですよ?」

「‥‥そうか。邪魔をしたな、すまない」


現れたときと同じく空気を鋭く震わせ、一瞬後には姿を消した。

恐らくそのまま市へ赴いたか、何処かで待つ事にしたのか、どちらかだろう。


「‥‥驚いたわ」

「うん、リズ先生でも間違える事ってあるんだね」

「風邪なのかしら。ゆっくり休んでくれるといいけれど。夕食は消化に良いものがいいわね」

「ああいうのを、鬼の‥‥かくらん?って言うんだっけ?」


二人して言いたい放題だ。

『鬼の霍乱』とは、ふだんきわめて健康な人が珍しく病気になることの例え。
色んな意味で言い得て妙を超えて「絶妙」なゆきの言葉に、朔は黙った。

‥‥黙らなければ爆笑するという、リズヴァーンに失礼な行動を取りかねなかったから。











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