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居間に向かう二人を見届けた後、栗色の眼差しが嬉しげに弁慶を捉えた。
「弁慶さん、お帰りなさい」
───いつもと変わらない笑顔。
外は寒くなってきたというのに。
笑顔ひとつで暖かくなると思うのは、溺愛しているからだろうか。
「‥‥ただいま、ゆき」
それとも。
彼女の特性なのだろうか。
「‥‥‥弁慶さん?」
(どうしたんだろう。疲れてる‥?)
控えめな笑顔に、一見隠し切ったかに見える疲労の影。
けれど、ゆきは胸騒ぎを覚えた。
こんな顔をするなんて、一体何処に行っていたのか。
聞きたい。けれど、聞けない。
否、聞かない。
彼に答える気がない事は一目で分かるから。
「‥‥‥ゆき?留守中に何かあったんですか?」
黙り込むゆきの目前に、迫る秀麗な面立ちに驚いた。
「え?あ、何もないですよ。遅かったから心配していただけで」
「心配させてすみません、ゆき。‥‥‥ですが大丈夫ですよ、僕は男ですから」
「それは、そうだけど‥‥」
確かに、こう見えて弁慶はとても強い。
綺麗な外見に騙された暴漢なんかに襲われたとしても、彼なら軽く返り討ちに合わせるだろう。
それはもう、つい相手に同情してしまう程のレベルで。
「それに、誰かさんみたいに迷子にはなりませんし」
「っ!?さ、最近は迷ってないんだから!‥‥‥たまにしか」
あまり改善されていないのは自覚している。
決まり悪げに付け加えると、堪えきれずに弁慶はくすくすと笑い出した。
遅い夕餉も終わり、ひと時の休息を取る。
譲が淹れてくれたお茶はやはり葉そのものの苦味は残るけれど、上品な味がする。
ふうふうと息を吹きかけ、ひとくち含んだゆきの頬が緩む。
「随分と髪が伸びたわね、ゆき」
「そうなんだよね‥‥」
「切るの?」
「うーん、どうしようかなあ‥‥」
朔の問いにうーんうーんと唸った挙句、ちらりと弁慶の方を見る。
弁慶もゆきを見ていたらしく、視線がぱちりと重なった。
「僕は、どちらのゆきも好きですよ」
「それじゃ決められないですよ」
「ふふっ、事実ですから。どんな髪型でも君は似合うでしょうね」
「‥‥‥弁慶さんっ」
「はいそこ!二人きりの時にして下さい」
また始まった二人の世界に口を挟んだ望美を、「勇者」と称える視線が複数。
外野の存在をすっかり忘れていたのか。
にこやかに微笑む弁慶の隣で、ゆきの頬が真っ赤に染まった。
「えーと、じゃあ‥‥これくらいに切ろうかな」
「あ、懐かしいな〜。ゆきちゃんがうちに来た時ってそれ位だったよね」
「そうなのか?景時は細かい事までよく覚えているんだな」
「あはは、九郎が女の子に無頓着過ぎるんだよ」
「九郎に繊細さを求める自体、オレは無駄だと思うけどね」
「なっ‥‥、ヒノエ!」
「神子、繊細ってなぁに?」
こうなると騒がしさが当分続くのが、京邸の日常。
徐々にゲージが上がってゆく九郎をからかう面々。
首を傾げる白龍に望美と朔が説明している。
背中の中程まで伸びた毛先は痛んでいるので、どうせ切るつもりだったが。
気分一新、短くするのもいいかもしれない。
毛先をひとつまみ指にくるくると巻いて遊ばせていたゆきは、ふと視線を感じた。
「あれ?敦盛くん、どうしたの?」
「いや‥‥‥何でもない」
「‥‥‥?そっか」
(疲れたのかな、敦盛くん)
内心首を傾げたけれども。
「ああそうだゆき、明日は二人で出かけませんか?」
「本当ですかっ!?」
「ええ。二人きりで、でえとしましょう」
「はい!」
弁慶の誘いと麗しい笑顔に舞い上がり、それ以上の詮索を止めた。
act22.橙に染まる空
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