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真意を推し量るように、弁慶は深蒼の眼を見据えた。


「ゆきを大切に思うのなら何故応えないんですか?郁章殿が彼女の声を聞き逃すとは思えませんが」


郁章もゆきも優れた陰陽師だ、水鏡に語りかける声が届かない筈がない。


「成る程、弁慶殿はゆきの為に此方へ参られたのか」

「まさか。そこまで暇ではありませんよ」


言葉遊びはもう終いだ。
そう眼差しに強い意志を込めて、目の前の男に柔らかく笑いかける。


「話して頂けるでしょう?郁章殿」


拒絶を許さぬ緊迫した空気に、やれやれ、と諦めた様に郁章が肩を竦めた。














「私とゆきの繋がりはご存知かな?」


本格的に話をする体勢になった郁章が尋ねると、弁慶は頷いた。


「ある程度は。郁章殿が晴明公の生まれ変わりであると言う事と、」

「あの子の父は、晴明が持て余した陰の気を元に作られた人形。それ故に、私達には絆が生じている」

「‥‥‥ええ。そうでしょうね」


約二百年前に生きていた偉大なる陰陽師、安倍晴明。
土御門家はその安倍家の末裔であり、陰陽術を継いだ一門でもある。


その土御門家に、二百年の時を経て生まれた‥‥‥晴明の転生者たる郁章。

彼が生まれた数年後に、別の時空で生を受けたのが‥‥‥晴明の力を持つ泰明の娘、ゆき。







───不思議なんだけど、師匠は私の気をいつでも感じられるんだって。








いつだったか。
何の気も無しにゆきが落とした言葉。
その意味が示すとおり、二人には常人が理解出来ぬ絆があってもおかしくはない。


「僕がわざわざ此処まで来たのは、郁章殿の真意を聞く為です」

「土御門の意思は関係なく?」

「ええ」


土御門家当主の意思。
それは郁章とゆきを婚姻させること。
二人の子供───安倍晴明と同じ存在を、誕生させること。

時代と共に廃れかけている土御門家に、かつての栄華を取り戻す為に。


そんな当主の意思に息子の郁章が賛同しているのなら、今、彼が隠れる必要がない。
弟子にも姿を見せぬのが、今の郁章なのだ。


即ち、郁章が父の意に添うつもりがないからではないか。

物事はそう単純には行かぬだろうが、もしそうならば。

───これから、ゆきを守る手段が如何様にも考えられるのだが。




「‥‥‥残念だが、私の思惑は弁慶殿に沿わぬだろう」

「郁章殿‥‥」



やはり、簡単には行かないようだ。

弁慶は微かに眼を細めた、瞬間、空気が色を変えた。

微笑を向けたまま、郁章でさえ感情が読み取れなくなる。


「‥‥‥それは、仕方がありませんね」


肯定に取れた小さな溜息と共に立ち上がった。

踵を返す寸前、普段は優しげな蜜色が強く煌く。

その眼の強い力は、弟子たる娘と同種の輝きにも似て。
郁章は眩しげに眼差しを緩めた。



「弁慶殿。私はゆきを愛しているよ」

「‥‥‥」

「あの子との宿縁を望む程に。その結末が、弁慶殿から奪う事になれども」

「良かった。僕は、それが聞きたかったんですよ」


弁慶に答える声はなかった。




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