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「おはよ朔、有川くん!」
「おはよう」
「あら、今日は早いのね」
「うん、早起きしちゃって。手伝う事ある?」
「じゃぁ元宮、これを運んでくれないか?」
「わかった!」
譲に手渡された椀物が乗った盆を手に、ゆきは居間へ向かう。
眩しい朝の光。
あれはいつだったか。
弁慶が今日と同じような朝日を見て、それからゆきに向かって飛び切りの笑顔をと共に、告げた言葉がある。
「君は僕の、陽光そのものなんですよ」
「‥‥えっ!?」
背後から、まさに今思い出していた言葉と全く同じ言葉。
慌てて振り返る。
「弁慶さん!」
「ふふ。どうやら君を朝日の下で見ると、思い出してしまうみたいです」
(うわぁ、本物の弁慶さんだ)
たった一日会わなかっただけなのに、嬉しくて嬉しくて。
思い切り抱きつきたいと思う。
けれど手に持つ盆の存在を思い出し、少しがっかりした。
そんな様子に気付いたのか、弁慶は笑いながらゆきの手から盆を取った。
「火傷するといけませんから」
「‥‥しないもん。弁慶さんの過保護」
「仕方ないでしょう。大切な君に万が一でも傷を付けたくないんですよ」
「もう‥‥じゃ、じゃあ私、他のを運びますね!」
弁慶は自分にとことん優しくて甘い。
今の様に時折、戸惑うこともある位には。
一気に高潮した頬を気取られぬよう踵を返したゆきは、後姿をじっと見つめる弁慶の視線のその意味に気付かなかった。
頃は昼下がり。
うららかな陽射しの下、とある娘ご贔屓の団子屋は暇な時間帯らしい。
外に置かれた台に座る見目麗しい男が二人と女が一人、のんびりと寛いでいた。
「‥‥って感じで弁慶さんが最近過保護なんだけど、どうしたらいいのかな」
敦盛と買出しの帰りばったりと会った将臣。
当然の如く茶屋に立ち寄って、かれこれ小半刻。
「‥‥‥」
「おい‥‥お前は惚気たかったのか?」
「え、今のどこが?」
将臣がはぁと深い深い溜息を吐く隣で、ゆきはきょとんとした面持ちで湯呑みに口を付ける。
「今の何処がって?全部だ、ぜ、ん、ぶ!」
「うぎゃっ!痛いってば!」
「あ‥‥将臣殿」
湯呑みが台に置かれたのを確認して、将臣は彼女の頭を拳固でぐりぐりと小突く。
真っ直ぐな栗色の髪が揺れてゆきが色気のない悲鳴を上げるも、勿論気にしない。
飼い犬と主人がじゃれあっている光景に近いものがある。
控えめに静止の声をかける敦盛もまた強く止める気配がない。
寧ろ、気遣わしげに将臣を見ていた。
「で、師匠とはあれから会ってんのか?」
ひとしきり頭で遊んだ後。
涙目で訴えるゆきに将臣が尋ねると、首を左右に振った。
「んーん、全然。だから困ってるんだよ、聞きたい事が山ほどあるのに」
「だがゆきも師匠殿も陰陽師なのだから‥‥連絡手段は、あると思うのだが」
弁慶に見つからぬ様に。
常人ならば限りなく不可能に近いけれど、稀代の陰陽師ならば。
敦盛が濁した言葉を受け取って、それにもゆきは首を振る。
「色々試したけどダメだった。多分、師匠は隠れてる」
「隠れてる、ってあれか?結界の中とか」
うーん、と唸りながらゆきは皿に残った団子を頬張った。
結界の中に大人しく隠れるような、そんな殊勝な人ではない気がする。
「それより相手の行動範囲を全部結界に閉じ込めるほうが、性に合いそう」
「ゆき‥‥それは」
「お前、そりゃ無理だろ」
「‥‥だって師匠だもん」
敦盛と将臣が有り得ないといった表情なのはよく分かる。
だが、郁章は古の大陰陽師「安倍晴明」の転生者。
その程度の結界なら、彼なら決して不可能ではない。
‥‥けれど、結界の気配は京中の何処にもなく。
「ゆきの目標ってアレだな。弁慶に見つかんねぇで師匠に会って、聞きたい事がある」
「うん。難しいけどね」
「ま、不可能でもねぇかもな。頑張れよ」
「ありがとう!」
今度は優しい手つきで頭を撫でられる。
反対側を向けば、敦盛が静かに頷いてくれる。
聞きたい事が何かとは尋ねてこない二人の気遣いに、ゆきは破顔した。
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