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話が終わりヒノエが「今夜は六波羅じゃなく此処で寝るよ」と欠伸と共に去ってからも、弁慶はそこに居た。


雨音を聞いていたい、と。



「‥弁慶さん」



静かに外を眺めていた弁慶に、いきなり感じた気配と声。
一瞬の驚きは綺麗に隠し深い溜め息を吐いた。

















「君の気配に気付きませんでした。随分と陰陽師らしくなりましたね」

「‥‥いきなり気配出すのって嫌、でしたか?」

「いいえ。褒めているんですよ。強くなった君を」

「‥‥‥」



座っていい?と聞いて断られるのが怖いから、ゆきは黙って弁慶の隣に腰を落とす。

釣られるように弁慶がちらりと彼女を見る。
夜着一枚だけのゆきの姿に気づき、眉を上げた。




「身体が冷えるといつも言っているじゃないですか」

「‥‥あ、忘れてた」



へらりとゆきが笑う。

弁慶は苦笑しながら、着ていた外套を脱ごうとした。
が、その手はゆきが掴んで止まった。




「‥ゆき?」

「いいの。こうしてたいから」



弁慶に抱きつく様に黒い布の中に飛び込んだゆき。

咄嗟に受け止めてくれた弁慶の身体は熱くて、染み付いた薬草の匂いが全身を刺激した。



「‥‥」









強く抱き締めてほしい。


‥‥‥なのに、弁慶は動かない。











「‥‥ゆき。早く帰りなさい」



精一杯のゆきの行動に慌てる事すらなく、そっと華奢な肩を引き剥がす。



(‥‥迷惑、なんだ‥‥‥)



涙が出そうになった。

実際に今までのゆきなら無理して堪えて、そして無理して笑っただろう。
そして、彼の側から離れて。

一人で、泣いていた。



「‥‥‥嫌です」



(でもね、もう無理なんだよ)


もう知らないフリは出来ない。






「君は何を言っているのか分かっているんですか?夜更けに男を訪ねるその意味も」




長い指がゆきの顎をぐっと掴んで上向けた。



いつものように優しい指先ではなく少し乱暴に掴んでくる。

‥‥‥男を、嫌と言うほど感じさせる。



「僕も男です。抱きたいと思っている女性と夜に二人でいれば、理性など軽く飛ぶんですよ」

「弁慶、さん‥‥‥」

「覚悟のない君だから、待つつもりでいましたが‥‥‥‥」




途切れる言葉。


真剣な眼差しに射抜かれて、それから。



「‥‥‥‥べんっ、‥‥‥‥」



唇が降ってきた。







唐突に始まった睦事の合図に、頭がぼうっとする。


このまま世界の果てに流されそうな、そんな不安が襲ってきて‥‥。

ゆきの手は、柔らかな蜜色の髪に触れて、


しなやかな首に縋りついた。




 


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