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ざぁざぁと、雨が降っている。


テレビの砂嵐みたいで懐かしくて、耳に心地好い。



(そう言えば、お母さんの胎内ってこんな音なんだよね)



昔、何かの本で読んだ事がある。

泣き止まない赤ちゃんにテレビの砂嵐の音を聞かせると、安心して泣き止む事があると。

それは生後数ヶ月で消えるらしい。
胎内にいた記憶を忘れてしまうのか。
外の世界に順応したからなのか、定かではないが。


それでも今、ゆきがこの音に安心しているのは、きっと身体の深い部分が忘れていないからだと思った。




母の胎内で護られていた頃の温もりを。

生まれて、父が抱き締めてくれたあの日々を。



あの頃に戻りたいと、思っているのだろうか。



(‥‥‥でも戻れないんだよ。私は知ってしまった)





人は綺麗な想いだけでは生きていけない。




父に守られ、母に護られ、全力で慕っていた純粋な愛だけでは強くなれない。




朝緋が訪れて、あまり会話をした記憶もないけれど、その存在が嫌になるほど教えてくれた。



この恋は綺麗なものじゃないと。

弁慶への愛しさだけじゃないことに。





嫉妬や独占欲や、人を妬む感情が渦巻いている。





「‥やっぱり無理だ」



呟いて、よいしょと身を起こす。
それから夜具を綺麗に畳んで、衣桁に掛かっている小袖を片付ける。



「よしっ」



全てが終わるとゆきは立ち上がった。


それは決意表明。
もうこの部屋に帰らないと、強い意思を込めて。


戸をゆっくり開ければ、雨音がさらに強くなった。

念の為、誰にも見つからぬ様、九字を切って隠形の術をかける。
今のゆきには気配を絶つなど容易い。
それでも廊を歩く時は忍び足になってしまい、小さく苦笑した。




そっと、そっと。
でも、気ばかり焦って。






訪れたはいいが、もし見たくない光景を目の当たりにしたら、どうするのだろうか。

どうすればいいのだろう。







‥‥‥もしも弁慶が、朝緋と共に居たら。



「‥‥‥やだっ」





そんなのを見てしまったら泡のように消えてなくなりたいと、思うかもしれなくて。








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