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‥‥‥あなたは最初から特別な人

私を包む大地

私を導いてくれる、暖かな熱

大切で、いつも微笑んでくれる
優しい人だった








けれど、この思いが恋だと自覚したのは、あなたの冷たい一面に出会って

今ではもう、あなたを切り離して生きていけない程に想っている



人を愛するって、一番綺麗な気持ちだと思っていた

‥‥彼女が、現れるまでは






この先が真っ暗闇でも、

これからの選択が、この身を破滅させたとしても、構わない






離れたくない

他の人を見ないで








誰にも、渡したくないの












act19.光を求めて







季節は、春から夏へと景色を染めてゆく。
柔らかな花の色から、新緑へ。
空の青から、蒼へ。

夏に変わる前に、染まりきった春の色を落とすべく、雨の季節が訪れる。

大地に水が染み込む様に。
地上に溜まった美と醜を洗い流す様に。



渇きを埋める、雨が降る。



「いつの間にか雨名月になっていたとは‥僕も必死だったんですね」



ぽつり。
誰もいない空間で呟きを落とした、弁慶の艶やかな声。

しん、と静まり返った邸内。
起きている者は流石に皆無であろう深夜。

自室と廊の間に立つ柱に凭れ、ざぁざぁと降る夜雨を眺めていた。

ここ数日はまともに眠っていない。

ゆきを土御門家から奪還したはいいが、その後溜まった仕事に追われ、休息すら満足に摂れていなかった。
やっと迎えた一段落。
手が空いた今夜こそ眠らねば。

そう思うのだが‥‥眠れない。
身体が渇きを訴えて。



「彼女が知れば怯えるでしょうね」



こんな自分を知れば。
自嘲めいた言葉は酷く重く落ちてゆく。

‥‥‥限界などとうに超えていると知っていたのに。

自分の欲より彼女の心を大切にしたいなど、綺麗事。
本心とは別の意思で自分の欲を抑えた。
挙句、今更になって側に置けなくなっている。

側にいたら壊してしまうだろう。

抱き締めたい。
苦しいと言われても、痛がっても、壊すまで抱き締めて‥‥‥抱いてしまいたい。



それでも一度抱いてしまったら、堰を切った大量の水が轟流となり溢れ出るように、もう止める事は出来なくなる。

恋も愛しさも激情も。
心に巣食う闇までも全て、注ぎ込んでしまうから。


弁慶の意思がこの衝動を操作出来るまで、少し距離を空けるのが懸命だろう。
そう考えた末に、雑務に追われることにした。



‥‥ふと、雨の薄ら明かりが仄めく廊の先へ弁慶は視線を向ける。

強い雨音に紛れ微かな足音。



「‥‥遅いお帰りですね」

「誰かさんがこき使ってくれるお陰でね」

「それは心外です。君が蒔いた種だと言った筈でしょう」



漸く帰ってきたか。
そう言わんばかりの視線を受けて、ヒノエは肩を竦めた。
弁慶の言葉通り火種を持ち込んだ自覚があるから、彼の思惑に添って動いているのだ。

そうでなくては野郎の頼みなど聞きはしない。

‥‥とは言え今回は、「こちら」にも利害を伴う事柄ゆえに、調査するつもりでいたが。



「それで?」

「あぁ、間違いない。烏の報告を受けた」

「‥‥やはり通じていましたか」



沈黙が落ちる。


ヒノエの報告は弁慶の予想通りだった。
滑稽過ぎて笑えるほど。



「連れて来てくれて、君には感謝していますよ。手間が省ける」



くすりと弁慶は笑う。

裏腹に、眼がすっと冷えてゆく。
ヒノエに眼を向けた彼は、非情な軍師の表情だった。



「兄上は何と?」

「この借りは近々返すと伝えてくれ、と」

「ふふっ。相変わらずですね、あの人も」



ヒノエの眼前で、世界が薄暗闇に染まった気がする。
浅く見えて深い‥‥‥水の底。

弁慶の言葉がどこまでも冷たかった。



「‥‥アンタの腹の内、姫君が知れば去っていくんじゃない?オレとしてはその方が好都合だけどね。口説く隙が出来る」

「渡しませんよ」



その言葉に返る言葉はなく、代わりに小さな溜め息が零れた。











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