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戻ったゆきは、皆の姿が舞台近くにある事に気付いた。

きっと、九郎が席を用意したのだろう。既に舞は始まっているらしい。
割り込むのも失礼なので、人込みから離れて後ろの木に凭れて見物する。



(退屈‥‥)



舞に心得のないゆきの目には、さっきから舞う娘達が全て同じに見える。

退屈で仕方ないから、つい重衡の事を思い出していた。



(どうか、無事で)


また、将臣と重衡と会いたいと思う。
今度は譲と望美も加えて。

皆で笑いたい。



(だから、お願い)


死なないで‥‥。
















観客が騒つきだした事に気付いたのは暫く経ってからの事だった。

離れている舞台の前で、何やら揉めているようにも見える。



(あれは九郎さんと朔と‥‥望美ちゃん?)


恐らく後白河院だと思われる貴人と、隣の黄色い貧相な貴族と話していたかと思うと、望美が舞台に上がった。



「嘘っ!望美ちゃん舞えるんだ!?」



‥‥‥でも、一体どこで覚えたんだろう。

元いた世界で習っていたんだろうか。



ゆきの目は舞台から離れない。








舞扇を翻す

軽やかに華やかに、舞う望美は見惚れる程美しかった。



舞など解らないゆきでも、それが今までの娘達とは違う事がよくわかる。

剣を振るう時と同じ、風のように重力を感じさせない扇。



(なんて、綺麗なんだろう‥‥‥)



‥‥ふと、暗い雲が空を覆い出した。



(白龍?)


見知った神気を感じて顔を上げたゆきの頬に、一滴の雨。

誰かが「雨だ!雨が降ったぞ!」と叫んだと同時に、地面を叩き付ける様な土砂降りの雨。

雨が止むまで望美は舞い続けた。

‥‥‥‥そうでなく、望美が舞い終わる時に、雨が止んだのだ。






 





舞と同時に止んだ雨に人々が浮き足立つ中、ゆきは望美の元へと駆けていった。



「ゆきさん、どこにいたんですか?」



弁慶が真っ先にゆきに気付いて険しい目をしていた。



「か、厠に行って戻ったら舞が始まってたから、後ろの方で望美ちゃんの舞を見ていました」

「厠は反対方向ですが」

「そ、そうなんですよ!随分遠回りしましたから!」



慌てふためくゆきを見て、弁慶は内心溜め息を吐く。



(もっと上手に嘘がつけないんですか)


もっとも、自分相手に嘘を突き通せるなど、生半可では出来ないが。

さて、どうやって隠し事を暴こうか。
弁慶が口を開こうとしたその時だった。



「この舞手、気に入ったぞ。九郎、余に譲ってくれぬか」



後白河法王の一言に、辺りは静まり返った。

意識がそちらに向くのは当然だった。














「玉だろうが、着物だろうが何でも与えてやろう。好きなだけ贅沢三昧が出来るぞ」



(まだ言ってる‥)



弁慶から逃れられたのは正直助かった。
だが、目の前で繰り広げられているのはもっとタチが悪い。


相手が法王なだけに、誰も何も言えなかった。
‥‥‥九郎を除いて。



「後白河院、お待ちいただけますか」



九郎がグイッと望美の肩を抱き寄せる。



「この者は将来を誓い合った私の許婚です。たとえ後白河院の頼みでも、お譲りするわけには参りません」



(うわあっ九郎さんカッコいい!!)



許婚だと言えば、たとえ法王でも奪う事は許されない。
毅然として法王の前に立つ九郎は本当に格好よくて、肩を抱かれて戸惑う望美と、許婚に見える。



‥‥当の本人達は小声で応酬しているようだが‥‥。



「‥‥‥?どうも変じゃのう」

「へ、へ、変なんかじゃありませんよ」



(なんて解りやすいの、望美ちゃん‥‥)



呆れるゆきの横で弁慶が、『君も同じだ』と言わんばかりの視線を投げ掛けている事など気付かなかった。














「なんとか、誤魔化せたようだな」

「許婚ってどういう事ですか!」



ホッとする九郎に譲が詰め寄った。



「ただの芝居、方便だ。ああでも言わなければ、あの狸にこいつが召し抱えられていたからな」



あっさりと説明する九郎の態度に譲の怒りも落ち着いたが、今度は望美が九郎と喧嘩している。



(喧嘩する程仲がいい、かなあ)



「今の騒ぎで後始末が増えた。お前達は先に帰ってろ」

「あ、九郎さん!」



ゆきは、再び舞台の方へ戻る九郎を呼び止めた。

振り返る九郎に親指を立ててみせる。



「なんだ?」

「格好良かったよ、兄上!!」

「───からかうな、馬鹿!」








ひとしきり、笑って。

それから、嵐山への道程を一行は歩く。

桜が散りゆく春の道を、頭上の陽が強く示していた。






ACT11.請うる雨 恋うる腕


20070814






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