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「‥‥‥と、言う訳なんだ」

「八葉の玉を俺の祖母が持っていたのも、何か関係があるのかと思います」

「なるほどね」




郁章にしては珍しく、譲と景時の話に耳を傾けている。



(師匠もたまには真面目じゃない)



ゆきは変な所で感心していた。



「わかった。書庫を調べてくれていいよ」

「本当ですか!ありがとうございます」

「ありがとう、郁章殿〜」



顔を輝かせる譲と景時。


(あの書庫から探し出すって‥‥)


書庫には膨大な量の書物があるのだ。
ゆきは密かに彼らに同情した。



「ただ、土御門家は中立を通すから、源氏につく訳ではない。あくまで景時殿とご友人と、不肖の弟子に個人的に協力するだけだから」

「解っているよ。ありがとう」

「私のどの辺が不肖の弟子ですか?」

「全部」

「‥‥‥」



景時と譲は吹き出しそうになるのを堪えて俯いた。











「本当はお手伝いしたかったけど、今から式神召喚の修行で‥‥ごめんね」



手を合わせるゆきを激励して、景時と二人で書庫へ来た。



「凄いですね‥‥今日中に見つかるかな‥」

「ははは、頑張ろう」



二人は口を開きながらも手と眼は休めずに目当ての物を探している。



「そういえば景時さん」

「うん?‥なんだい?」

「元宮とは何処で出会ったんですか?」



ゆきにずっと聞きたいと思いながら、何となく聞き辛かった事を景時に聞いた。



「ああ、ゆきちゃんと最初に出会ったのは九郎と弁慶だよ。‥‥‥いや、出会ったって言うよりは助けた、と言うべきかな〜」



オレは用事でいなかったんだけどね、と景時は続けた。



「助けた?何かあったんですか?」

「‥‥二人がゆきちゃんを見つけた時、腹を斬られて虫の息だった。



‥‥一番近いオレん家に九郎が駆け込んで来てね、朔と慌てて手術の用意をしたんだって。
しばらくして、弁慶がゆきちゃんを抱き抱えてやってきたんだ」



「斬られた?元宮が?‥‥一体誰に!?」



まさかそんな。
この世界に来て、ゆきが死に瀕していたとは思いもよらなかった。



「‥‥覚えてないんだって。気付いた時には既に血だらけで、止血する力もなかったって‥‥‥ゆきちゃん自身、京に来る時に何処かで切れたと思ってたらしいよ。でも、間違なく太刀傷だって弁慶が言ってた」

「そう、だったんですか‥‥‥」

「ゆきちゃんが元気になるまで何度も危なくなってさ、オレなんかあたふたしたよ〜」



ゆきがそんな体験をしたなんて思いも寄らなかった。

始めから不思議には思っていた。
人見知りの激しかったゆきが、あんなにも笑うことも。
ゆきが景時や朔、九郎と弁慶にあんなに心を開いているのも。
‥‥その理由がやっと掴めた気がする。



「元宮にとって貴方達は、恩人で大切な家族なんですね。あんな風に甘えてるあいつを見た事ありませんから」



そう言うと、景時は嬉しそうに笑った。




「そうだと嬉しいよ。‥‥‥弁慶達があの時、鞍馬を通ってくれなかったら‥‥出会えなかったからね。感謝してるよ、運命に」
























溢れる涙を拭いながら、望美は今聞いた地名を復唱した。



「鞍馬で出会ったんですか?」

「ええ、そうですよ」



ちょうど同じ頃、京邸にいた望美は弁慶と朔に頼み込んで、譲と同じ話を聞いていた。
ヒノエ、白龍、リズヴァーンも近くに座っていた。



「鞍馬‥‥‥」

「場所は、リズ先生の庵よりずっと下に当たりますね」

「鞍馬がどうかしたの、望美?」

「‥‥‥‥九郎さんの用事が終わったら、もう一度鞍馬に行ってもいいですか?」

「それは構いませんが‥‥リズ先生?」

「神子の望むままに」


「ありがとう」



ホッとする望美に、ずっと沈黙を通していたヒノエが尋ねた。



「‥‥鞍馬に何があるんだい、姫君?ゆきの事?」

「うん‥‥」

「‥‥‥‥確かに最近のゆきは少しおかしいわ」

「うん、ゆきの気、少し弱ってる」



朔と白龍に望美は力なく笑った。



「そんな顔しないで下さい。君が笑顔になるなら、鞍馬に行くなんて造作もないのですから」

「‥‥弁慶さん」




見る人を安心させる笑みを浮かべる弁慶。

そんな彼を、望美はじっと見ていた。

揺るぎない眼差しで。













ゆき達が梶原邸に着いたのは、夕刻の事だった。



「ただいま」



景時が門を開けると、元気よく飛び出してくる望美。



「お帰りなさい!どうでした?」

「聞いてよ〜、星の一族の行方がわかったんだよ!」



はしゃぐ望美達の横を、笑いかけながら通り過ぎて部屋に戻った。













(疲れた‥‥やっぱり師匠は鬼だ‥‥)


郁章のお陰でコツを得たが、あれは絶対に師匠が面倒臭がって考案した修行だと思う。

寝不足が続く身体に疲労が重い。
夕飯まで、少し眠る事にした。









「ゆき、夕ご飯が出来たわ‥‥‥‥あら、眠っていたの?」



朔が、ゆきを呼びに来た時には、何とか起き上がって眠い目を擦っていた。



「うん、少し疲れちゃって。手伝えなくてごめんね」

「いいのよ。じゃあ先にいってるわ」

「うん」














ゆきがぼーっとしながら食事をしている。

望美がじっと見ても気付く様子がない。



「そうだ!ゆきちゃん、明日は嵐山に行くからよろしくね!」

「あ、うん。帰りに景時さんから聞いたよ。私ったら寝てしまって、話し合いに参加せず寝ちゃってごめんね」



ゆきが箸を置いて謝ると、「大丈夫だよ!気にしないで」と望美に返された。



「それより姫君、今日は何をしてきたんだい?」

「あ、私も聞きたい!譲くんが言ってたけど、式神は出せたの?」

「う、うん‥‥‥何とか」



途端に目が泳ぐゆきに、皆は不思議な顔をする。



「今度はどんな実践だったのか教えてよ〜」



概ね検討がついてる景時が、修行の中身を聞いてきた。

完全に箸が止まり、はぁっと深い溜め息をついてゆきは話を始める。



「‥‥‥‥師匠は私を結界に閉じ込めて、庭の池の上に放置したんです」

「‥‥‥‥は?」

「結界を破っても池に落ちるだけだし、だいたい師匠の結界は破れないし‥‥‥式を呼ぶ呪符だけを持たされていたから他の術も使えないんですよね」



また発想が飛んだ実践を行っているな、と景時は吹き出しそうになる。



「結局式神を飛ばして、部屋にいる師匠から、新たに呪符を貰ってくるしかないんですよね。身体が濡れたらやり直し、とか言われたから濡らせないし‥‥‥」

「なかなか過激だね、ゆきちゃんの師匠さん」

「でしょ望美ちゃん!!一番腹が立ったのはね、私一人を庭に残して部屋で眠りこけてたんだよ!あの馬鹿師匠!」



ほんっとやる気ない師匠だよね!
と意気込むゆきに、顔を見られないよう俯く者が何人かいた。



「ねえ、ゆきの式というのは、小鳥?」



首を傾げて問う白龍に、ゆきは内心舌を巻く。

さすがは龍神。



「‥‥‥やっぱりわかったの?」

「わかるよ。ゆきの気なら」

「へぇ!ゆきちゃんの式神って小鳥なんだ!‥‥‥‥じゃあ景時さんは?」

「え?オレ?‥‥恥ずかしいから秘密」




(大山椒魚っていいじゃない。天然記念物なんだしさ‥‥‥‥あっちの世界では)




でも、式神を見せるのって、自分をさらけ出す様で少し恥ずかしい。

景時の気持ちがゆきには少し解る気がした。







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