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弁慶に連れられて足を進ませれば、そこは鴨川沿いの薄暗い集落だった。


「弁慶先生!」

「お久し振りですね。足の具合は具合は良くなりましたか?」

「ええ、弁慶先生のおかげですっかり良くなりました」



弁慶と共に集落を訪ねたゆきは、住人が彼を熱心に歓迎する様子を見つめていた。



(弁慶さん、ここの人達も治療しに来てたんだ)


「いつ来られたのですか?」

「すみませんが、長居は出来ないんです。ここには薬を置いていくつもりで来たんですよ。少しでも皆さんのお役に立てるといいんですが」



弁慶が申し訳なさそうに柳眉を下げれば、彼らは口々に礼を述べる。

その後、皆が修繕したという小屋に向かう事にした。







鴨川添いにある五条河原には、京から溢れた難民が小屋を建てて集まっている。
生活は厳しく、病になっても薬師などにかかる金もない。

弁慶は昔彼らの為に、ここで医者をしていて薬を分け与えていたのだと、
戦が始まって京を離れた事、などを小屋に集まった人々から聞いた。



ゆきは包帯を変えるといった雑用をしたり、集まった人と楽しそうに話している。




薬が底を尽きた頃、それまでにこやかにしていたゆきがふと顔を上げた。



「弁慶さん、ちょっとだけ抜けていいですか?」

「ええ、構いませんよ」



返事を聞くと同時に小屋の外へと飛び出した。

裏へ回り、気を辿りながら目指す場所へと向かっていく。



(―――――よし、ここが水脈だ)



気を辿ると、確かにこの辺りに水気が集束している。



(水気の上を障気が蓋をしているんだ。それで井戸が枯れかけているんだね)



鴨川の水だけではこれからの季節、不衛生で良くない。

飲み水だけは井戸から確保しなければ、疫病などが流行ればこの集落はひとたまりもないのだ。

弁慶が先を見越して「薬を置きに」来た位だ。
彼以外に此処を尋ねてくれる薬師など、誰もいないのかもしれない。

そんな場所で、もし疫病が発生したら?



「‥‥よし!頑張ろう!」



頬を平手でぱちぱち叩いて気合いを入れた。

袂から呪符を取り出すと、深呼吸をして構えた。



「掛け巻くも畏き隠月大神と大咲明神の御前に畏み曰く、陽の京に水の禍事はあらじと祓い給え清め給え」



ゆきの放った呪符は、井戸の水面を円を描いて撫でて、障気と共に消えた。



(これで、井戸は大丈夫!)



ふう、と息を吐いた。
まだ慣れなくて、つい力んでしまう。



(‥‥これが白龍の神子の力だったら、触れるだけで清める事が出来るんだけどな)



こんな時に望美を思い出して比較するのは、良くないとは思う。
解っているんだけど、鞍馬山で見た鮮やかな封印の光が、目に焼き付いて離れない。



(こんな事考えてたら駄目だ‥‥‥私は私、なんだから)




ぶんぶんと大きく首を振り、たった今浮かんだ思いを振り払った。

望美の力を見てから、ゆきの胸に小さな刺が出来ていく。

本人すら自覚のないままに。














「ありがとう、ゆきさん。手伝ってくれたばかりか、水脈まで戻してくれて」



井戸の事は言ってないのに、当たり前の様に礼を述べる弁慶にゆきは苦笑した。
この頭の良い軍師様には、隠し事などそうそう出来ないらしい。



「やっぱり、ばれてました?」

「あんなに濁ってた水気が綺麗になれば、僕だって気付きますよ」



本当に助かります、と告げる弁慶に、ゆきは悪戯っぽく笑いかける。



「‥‥‥だから私を連れてきたんでしょ?」



水脈を見て貰う為に。



「おや、やっぱりばれてましたか」



さっきのゆきの言葉を弁慶が繰り返すと、ゆきは笑った。





「ほんの少しだけ話をしませんか」



そう言って五条大橋の欄干に肘を付いた弁慶。



「君の意見を聞きたいのですが‥‥‥あの人達をどう思いましたか?」



弁慶の質問は、きっと生活水準などとは違う意味だろう。
ゆきが彼らを見て思った事。
それは



「‥‥‥‥どうしようもないんだ、って、諦めているように見えました。自分達の力ではどうにもならない、って、でも何かのせいにせずにいられないって。そんな空気が流れていて‥‥」



どう言えばいいか難しいです。
とゆきは俯きながら言った。

弁慶は憂いた表情で、さっきまで居た場所を見ている。



「‥‥そう、ですね。ここだけではない、多くの人が思っています。
昔は、この界隈も活気のある場所だったんですよ」

「そうなんですか‥」

「これも、京から龍神の加護が失われてしまったからでしょう」

「‥‥‥だったら、望美ちゃん達が怨霊を解放して五行の力を集めて、白龍の力が戻れば‥‥」

「ゆきさん、それだと白龍しか戻りませんよ」



弁慶に指摘されて、ゆきはハッとした。



(そうだ、まだ黒龍が―――そう、今日を守護するのは応龍だった)


白龍と黒龍。
対を成す二つの龍が調和して初めて、守護する神となるのだと。
ゆきの陰陽術の師が教えてくれたのに。


そんなゆきを弁慶が見て少し笑った。



「応龍の調和、ですよ。君も陰陽師なら分かるでしょう」

「‥‥そうでした、先代の神子の願いが『応龍による世界の守護』だと聞きました」



その願いにより、何百年もの間、京を、世界を見守ってきた応龍が力を失い、白龍と黒龍に分かたれている。
黒龍は姿を消し、白龍も人の形を取らねばならぬ程弱っている。


このまま加護を失ってしまえば、京は廃れてしまう。



「そうならない為にも、僕は手を尽くさねばなりません。失われた応龍を、再び‥‥‥」



その時の弁慶の思い詰めた目を、ゆきはじっと見ているしかなかった。















「すみません。すっかり時間がかかりましたね」

「うわ、本当だ!六波羅へ急ぎましょう、弁慶さん!」



二人は六波羅へ向かって走り出した。

ゆっくり走っている弁慶と、息も絶え絶えに必死に走るゆきの速度が同じだということが、悲しかった。








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