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「ゆきさん!怪我はありませんか?」
「この娘に怪我はない」
「──先生!」
「九郎、神子――来るぞ」
「「はい!」」
先生、と呼ばれた人物の言葉に、皆が一斉に各自の獲物を構える。
「元宮はこっちだ」
「え?」
ぼんやりしているゆきの手を、ぐい、と譲が引いて立ち上がらせた。
「有川くん‥‥?」
「ここは木が多すぎて、弓で狙いにくいから‥‥‥下がろう、元宮」
「うん‥‥」
譲に手を引いて貰って、大人しく後方へ下がる。
譲がゆきを見下ろすと、今は食い入る様に望美達が戦うのを見ている。
ゆきの目つきが真剣なものに変わるのを見て、譲はホッとした。
どうやらショックから抜けたようだ。
それから、譲も黙って戦いの行方を見る。
二人から離れた所で、望美が剣舞を踊る様に怨霊に切りかかった。
すかさず九郎が迷いの無い真直ぐな太刀筋で両断する。
力強くて綺麗な、何処か似通った二人の太刀筋。
白龍は少し離れて神気という気の塊を飛ばしていた。
清浄な気の塊は怨霊には脅威だろう‥‥‥唸り声を上げた。
一方では、金髪の男が、いかにも重そうな曲刀を片手に怨霊をなぎ払う。
あんなに大きな体躯なのに、どうしてあんなに身軽なのだろうとゆきは見惚れてしまった。
怨霊に浅くない傷を与えた所を、弁慶の薙刀が的確に突く。
怒り狂った怨霊が咆哮をあげながら弁慶に突進していくが、ひらりと優雅に翻した。
「有川くん、ごめんね」
「‥‥は?」
戦闘の行方に集中していた譲は、唐突なゆきの呟きが聞き取れなくて彼女を見下ろした。
「望美ちゃんが戦ってるのに‥‥本当は心配で仕方ないでしょ?なのに、私が足を引っ張って‥‥ごめんね」
ゆきの目に映る自分は望美の事しか考えてない様に見えるのか、と思い苦笑した。
(ある程度は間違えてないけどな)
ずっと、彼女を守りたいと思い続けてきたのだから。
‥‥‥でも。
譲は自分の事を気遣ってくれるゆきの頭を、軽く叩いた。
「痛っ!」
「気にしないでいいよ元宮。さっきも言ったけど、ここは弓だと不利なんだ。
春日先輩には皆がついてるし、それに」
言葉を切って、笑う。
望美の前以外では、滅多に見られない優しい笑顔。
「元宮は友達だろ?」
「‥‥‥ありがとう」
『友達』
その言葉が嬉しかった。
少なくとも自分は、彼の心に留まっていられるから。
「ありがとう、有川くん」
もう一度礼を言って、また前に意識を向けた。
「――兄上!!」
「御意〜!!」
朔に短く返し、景時は小さく口を動かし呪を唱える。
舞の型をなぞるように朔が扇を繰り出す。
怨霊に鋭い刃傷を付けると、すかさず景時の陰陽術式銃で術を放つと、血飛沫をあげて、怨霊が崩れた。
(やっぱり銃は壊れてないじゃない。景時さん嘘吐きなんだから)
ゆきは少し口の端を上げた。
役に立てないと嘆いていた自分に、役目を譲ってくれた優しいひとに。
「神子!」
「望美!こっちも!」
「まとめて出来ますか?」
「はい!―みんな下がって!」
望美が天に向かい、剣を掲げる。
「めぐれ、天の声
響け、地の声
――かのものを封ぜよ!!」
雪のように白く美しい光の奔流が怨霊達を包みこむ。
硬質な音を響かせて、光が消えていき、辺りには静寂が戻った。
(これが、封印‥‥‥)
なんて綺麗なんだろう。
あんなに怖かった怨の気が浄化され、龍脈に還っていくのをゆきの眼はしっかり捉えていた。
「さっきはありがとうございました」
「気にせずともよい」
リズヴァーン、と紹介された金髪碧眼の男に礼を言うと、短い一言を返した。
口許を覆う布で表情は窺えないが、眼が優しく細められたのがわかる。
彼のその眼を見た瞬間、ゆきの胸の動悸が激しくなるのを感じた。
この日、地の玄武が新たに加わる。
ACT9.天を眺め黄金を抱く走狗
20070808
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