(3/4)
「景時さん、ゆきちゃん。此処なんです」
「ああ、なるほど〜」
「本当だ‥‥うわあ、おっきな結界だねえ」
景時とゆきは軽く叩き始めた。
「元宮、そろそろ‥‥‥‥あれ?どこ行ったんだ?」
「譲、あっちだ」
「‥‥‥‥‥‥‥九郎さん、気付いたなら止めて下さい」
「あ、ああ‥愉快でな。つい忘れていたんだ」
「九郎さん‥‥‥」
ゆきは結界を叩きながら、かなり奥の茂みまで無心に進んでいた。
「んじゃ行きますよ!‥‥‥‥‥‥‥‥あ、札はいらないんだった。直さなきゃ」
「おいおいおいおい」
「有川くんツッコミ上手いね!」
「元宮相手だと慣れてしまったんだ。ついでに大事な札が皺になってる!ちゃんと直さなきゃ駄目だろ」
「いやいや有川くんは常に誰かにごちゃごちゃ言ってるよ。あ、ほんとだシワになってる」
「‥‥無駄口叩かないで、直したらさっさとお願いしますね、ゆきさん」
「‥‥‥はい」
(なんか怒ってるし弁慶さん!)
「‥‥よし、じゃあ‥‥行きますよ!!」
深呼吸を二回。
右手で空を切り「道紋」と呼ばれる縦横の線をゆっくり結びながら、九字を唱え始めるゆき。
「臨・兵・闘‥‥」
(‥‥‥これが、ゆきちゃんの術)
景時は、陰陽師の視点で彼女を観察する。
(繊細さに欠けるけど、引き込まれそうな力だね)
彼女の輪郭が一瞬ぼやける。
(霊力は高いと思ってたけど、まさか呪符なしで結界を解くなんて‥‥‥驚いたな)
浮かび上がるように、彼女を背後から包む狩衣姿の青年の姿が現れ、景時は目を見開いた。
「あれは、守護霊‥‥‥?」
「者・皆・陣‥‥」
ゆきが右手をゆっくり動かす。
まだあまり慣れていないのか、ぎこちなく緩慢な動き。
景時はそっと周りを窺うと、皆息を潜めてゆきを見ているものの、青年の姿は見えないようだ。
───もしかして、彼は。
景時の脳裏に、以前のゆきとの会話が浮かぶ。
『あの時唱えた言葉は、父が昔、唱えてたものでした‥‥父が何をしていたのか覚えてないのが悲しいんです』
あれは一年と半年前、梶原邸の庭にて景時が貼った結界を、彼女に解除させようとした時の事。
あの時、自分は彼女に『お父さんは、陰陽師だったのかな‥』と聞いた。
彼女は良く分からないと言っていた。
そして、知りたいのだと。
「‥‥烈・在・前!!」
最後の一言を唱えると同時に両手で外縛印を結ぶ。
結界が一瞬光った後、陶器を割る様な高い音がして消えた。
気が付けば、ゆきの背後には、もう何も見えない。
「よし!結界解除完了!」
「ゆきちゃん凄い!陰陽師みたいだったよ!」
「いやいや一応陰陽師だからね望美ちゃん、見習いだけど」
「俺、生まれて初めて元宮を尊敬した」
「えええっ?もっと尊敬する部分はいっぱいあるでしょっ?」
緊張が解けたからか。
何気なく失礼な発言をする譲の鳩尾に、軽く肘を入れる。
「ゆき、お疲れ様」
「朔ーっ!頑張ったよ!」
朔に抱き付いて泣く振りをした。
朔はそんなゆきを抱き締めて、頭をよしよし、と撫でる。
「ゆきさん、お疲れ様でした。お見事でしたよ」
「お疲れだな、ゆき」
「ゆきちゃん凄かったよ!よく九字だけで結界を破れたね!」
感心しながら拍手してくる景時。
ゆきは恥ずかしそうにしながら朔から離れた。
「師匠、私が結界を解く時は、呪符を渡してくれなかったから‥‥」
「そ、そうなんだ〜‥‥」
相変わらずぶっ飛んだ師弟だな、と思う。
そういえば、と二人の会話を聞いた弁慶がふと思い出した。
(だから景時の銃が壊れたと聞いた時、ゆきさんはあんな怪訝な顔をしたのか)
『結界を解くなら別に呪符も銃もいらないのではないか』
‥‥‥恐らく、そう思ったのだろう。
「ゆきっ!!」
「白龍!」
弁慶の視界の中で、走り寄る白龍をゆきが抱き締めていた。
「きゃあっ!白龍可愛い〜〜っ!!」
「ゆき、苦しいよ‥‥」
「いないのかな?」
「先生、きっと結界を破った時点で気付いているはずだから‥‥」
ゆきは、望美達が『先生』の事について話しているのを、輪から離れた木の陰でぼんやり聞いていた。
さっき、九字を唱え始めた時に見えた光景に、まだ驚いている。
もっと長く見ていたくて、わざとゆっくり、ゆっくりと九字を唱えたのだけれど。
雑念だらけで集中出来なくて、失敗したらどうしようと一瞬思ったけど、自分の欲には勝てなかった。
もっと、見ていたかった。
(成功出来たから良かったけど、失敗してたら恥ずかしかったかも)
もちろん優しい皆は、失敗しても自分を励ましてくれるだろう。
(‥‥‥‥あ)
視線を感じた気がして、振り返ったゆきは、そこに立っていたモノに目を見張る。
赤黒く変色した、鎧を着たモノ達がこちらに歩いてくる。
五人‥‥いや、五体と言うべきか。
「‥あ‥‥‥」
恐怖で声が出て来ない。
ゆきの脳裏に、先日の夜の事が鮮明に甦る。
(やだ‥‥怖い!!)
望美達に怨霊が来たと教えなければいけないのに。
足が竦んで動けないのはどうしてだろう。
喉が張り付いた様に声すら出ないのに、目だけは逸らせない。
怖くて、滲んだ涙に視界を緩く遮られる。
‥‥‥怨霊が近付いてきた。
錆び付いて所々血糊のついた刀を両手で持つ。
後ろに下がったら石につまづいて尻餅をついてしまった。
その音に誰かが気付いてくれたらしい。
「――ゆきさんっ!!」
「はい!皆行くよ!」
彼らが気付いた時には一体の怨霊がゆきに向かって刀を振り上げていた。
(──っ!もうダメだ!!)
「―――じっとしていなさい」
ギュッ、と固く目をつぶったゆきの耳に低い声が聞こえた。
(え‥?)
刹那聞こえた、ザシュリ、と肉を切り裂くような嫌な音。
恐るおそる目を開けたゆきの目に飛び込んだのは、見事な金の髪と見上げるような大きな背中の男だった。
(誰――?)
何故だろう。
とても懐かしいと感じた。
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