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身体がふわふわ揺れている。

なんだろう。
暖かいものが身体を包んでいる。


大きくって、力強くて、暖かい。





このぬくもりを、私は知っている。



なんども

私を助けてくれた、大切なひと。












「‥‥ん‥‥‥‥け‥さん?」

「‥‥‥‥」



目を開けると、ゆきは弁慶に背負われていた。

ゆきの腕は弁慶の肩に抱き付く形に回されている。

いつもは外套に隠れている金茶の髪が、今は月光を受けキラキラ輝いていた。



(あったかい‥)


そういえば、さっきまでずっと寒かったのに。

不思議に思って顔を上げれば、ゆきの身体を覆うようにすっぽりと外套がかけられていた。





そこでやっと、さっきまでの事を思い出した。



(私、怖くて怖くて‥‥それでどうなったっけ?)



その後を覚えてないと言う事は、また意識を飛ばしてしまったのだろうか。
眠ってしまったのか。

そこまで考えて、腕に力を入れた。



「弁慶さん‥‥心配かけてごめんなさい」

「‥‥‥‥」



弁慶は何も答えない。
こんなに怒った彼を初めて見た。

彼が怒っているのは、間違いなく自分のせい。

また心配をかけてしまった。

きっと、帰りの遅いゆきを探してくれたのだろう。



「ごめんなさい‥」



もう一度、心から謝った。



「君は、本当に‥‥」



弁慶は、はぁ、と深い溜め息を吐く。




いつもみたいに、振り向く事もなく。
歩みを止める事もなく。
笑顔もなく。


ただ、歩調を変えずに歩いてる。




長く思えた沈黙の後、もう一度弁慶はゆっくりと息を吐いた。



「夕方過ぎても君が戻らなくて、どれほど心配したかわかりますか」

「‥‥‥‥はい」

「景時が師匠殿に式を飛ばしたら、とっくに着いた頃だと返事が来て」

「‥‥はい」

「さんざん探して、あんな所で眠っている君を見つけた時‥‥」



ぴたり、足が止まった。







「君が死んでしまったように見えて、息が、止まるかと思った‥」








いつもの弁慶らしくない、微かに震える小さな声。




「っ!!‥‥‥ごめんなさい‥‥ごめんなさい‥」



弁慶の肩を抱き締める様にしがみつき、声を出して泣いた。

本当に、自分はどれほど軽率だったのだろう。
心から痛感した。

自分をこんなにも心配してくれる人を軽んじていたのだと。



「‥‥‥‥もう、怒ってませんから」

「はい‥‥ごめんなさい‥‥」



‥‥帰りましょう。

歩き出した弁慶は、もう普段の彼だった。




背に揺られているうちに、またもや睡魔が襲ってくる。

眠気で頭が回らない状態で、ゆきは口を開いた。



「弁慶さん、ありがとう‥‥ございます‥」

「‥‥ゆきさん?寝てもいいですよ」

「‥‥‥‥わたし、弁慶さんと出会えて‥‥‥よかったです‥」




ぼんやりした意識の片隅でゆきは気付いてしまった。




心のどこかで、喜んでいる自分がいる事を‥‥。


弁慶がこんなに心配してくれる。

自分は特別大事にされている。

私は特別なんだって。



一瞬でもそう思ってしまった自分を、激しく拒否した。














「ゆきさん?」



さっきまでしっかり弁慶の服を掴んでいた手が、だらりと下がった。
しゃくり上げていた息が、いつの間にか寝息に代わっている。



「眠りましたか‥」



子供みたいなゆきに小さく吹き出した。

背中の重みが暖かい。
耳にかかる寝息がくすぐったい。







『弁慶さんと出会えて良かったです』





彼女はいつも、こんな言葉を臆面もなく言ってのける。

言われた者の気持ちなど考えずに。



「本当に君にはお手上げですよ、ゆきさん」



これは貸しですからね、と呟いた弁慶は邸へと帰っていった。



















「ほんっとにごめんなさい!!」



朝食を終えた瞬間に、勢いよくゆきが土下座した。



「俺達が何で怒ってるか、分かるんだな?」

「はい‥‥」

「九郎殿の言う通りだわ。心配したのよ、本当に」



(‥‥九郎さんと朔って夫婦みたいだ)



「‥‥‥何を笑っている」

「わ、笑ってません」



慌てて顔を引き締めたゆきを見て、気の毒に思ったのか景時が間に入った。



「まあまあ九郎、この辺で話を進めようよ〜」

「‥‥‥わかった」



景時に感謝の眼差しをこっそり向けると、彼は柔らかく笑う。
そんな彼にも心配を掛けたんだと思う。
ゆきの肩は更に小さくなった。





あれから。
ヒノエの事だけ曖昧にごまかして、昨日の事を説明する。



「それは、怨霊‥‥‥でしょうか」

「わかんないです。とにかく怖くて‥‥‥‥‥‥‥望美ちゃん、ごめんね」



突然話を向けられた望美が首を傾げた。



「どうしたの?」

「だって私、怖くて何も出来なかった‥‥望美ちゃん達は、いつもあんなのと戦ってるんだよね?」

「‥‥そうだけど、最初は誰でも怖いよ。私も初めて戦った時は、怖くて泣きそうになったもん」

「望美は、初めから度胸が据わってみえたけど‥‥」

「あ、あれは時空を‥‥‥‥じゃ、じゃなくて、朔に会う前に何体か遭遇したから!!」

「そうなの?」

「そうなの!とにかく、ね!ゆきちゃん大丈夫だよ!」



ゆきの肩を叩いて、ねっ!と望美が笑う。

慌てているように見えるのは気のせいだろうか。



「うん‥‥‥でも、情けないよ‥‥役に立てなくて」

「それなんですが、早速ゆきさんの力を借りたい事があるんですよ。ね、望美さん」



すっかり落ち込んだゆきに弁慶が持ち掛けた。



「あ、そうだった!ゆきちゃん!」



望美は座り直す。



「お願い!明日は力を貸して下さい!」

「へ?」




望美達の話によると、昨日法住寺に行った一行は九郎に会い、戦に参加させてくれるように頼んだ。

最初は頑に反対していた九郎だった。
だが、弁慶の口利きに少し考えを改め、条件を付ける事にしたという。



――花断ち――


舞い散る花びらを太刀で二つに斬る。
そこまでの剣技を見に付けていたなら、戦に同行しても良いと。

初耳のゆきにとって、それはまさに無理難題に思えた。


だが、神泉苑で九郎に手本を見せて貰った望美は、それは一度でやってのけたらしい。



「えええっ!それってすっごくないの!?」

「春日先輩は凄いよ」



譲は自分が褒められたかのように誇らし気だ。



「だよね!うわあ‥‥みたかったな、望美ちゃんの花断ち!」

「また見せてあげるよ」

「ゆき、俺も見せてやってもいいが」

「‥‥‥あ、そっか。ちゃんと認めたから九郎さん、望美ちゃんの横にいるんだ。何で二人が並んでいるんだろうって、ちらっと思った」

「今頃気付くな。‥‥それに、別に喧嘩してた訳じゃないぞ?」

「でも九郎さんって頑固だからさ。ね〜?」

「ね〜」



ゆきと一緒に可愛らしく首を傾げているのは、景時だ。



「兄上?怖いので止めて下さい」

「そうですよ。ゆきさんなら可愛らしいけど、景時の場合は目も当てられませんから」

「ううっ‥」



(あ、泣いた‥‥‥)



「春日先輩、話の途中ですよ」

「あ、そうだった‥‥‥でね、あれから色々話をして、私と九郎さんの剣の先生に会おうって事になってね。先生が住んでいる鞍馬山に登ったんだけど‥‥結界が張ってあったの」

「結界?」

「うん。その結界を、ゆきちゃんに解除して欲しいなって思って」



お願い!

手を合わせる望美。
ゆきはひとつ疑問に思って尋ねた。



「いいけど‥‥景時さんは?」

「ん?オレも行くよ〜。たださ、ちょうど銃が壊れて困ってるんだ。だから代わりにゆきちゃん、お願い」

「‥‥‥‥‥‥‥」

「ゆきちゃん?」

「‥‥‥‥うん、わかった。頑張るね」



ゆきが頷く。
場にほっと息をつくような空気が流れた。







後日、一行は鞍馬山を登る事になった。

幼い九郎が過ごした寺のある山。



天狗がいると言い伝えられている場所。




実は一度行ってみたかったゆきにとって、渡に船だったりする。







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