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『なるほど。‥‥‥‥なら、どこの神様かわかる?』
わからないわけないよ。
例え時空が違っても
そこに行けば会えるかもって何度も思ったもの。
大好きなお父さん、お母さんに。
ね、ヒノエ。
火属性のあなたを
月の光が守ってるの、気付かない?
『熊野の太陰の王でしょ?』
隠国の‥‥月の国の神様。
当たり前のことを返せば、何故かヒノエはびっくりしていたっけ。
ACT9.天を眺め黄金を抱く走狗
「今日はありがとね、ヒノエ」
「姫君の為ならお安い御用さ。またね、ゆき」
またすぐに会えそうな気がしたから、お互いさよならは言わなかった。
(面白い人だったなあ)
ヒノエもゆきに同じ感想を抱いているとは露知らず、クスクス笑った。
邸に着き、一番に師匠に報告した。
「やはりあの札を持たせて正解だったね」
と良く判らない事を言われたが、いつもの事なので気にしなかった。
ヒノエの事も、どこか予見していたように見えるのが気になったが、どうせ教えてくれないだろうから聞かなかった。
「呪物を見せてくれないか?」
「はい。これなんですけど‥‥」
ゆきは懐から櫛を取り出した。
柘で出来た滑りの良さそうな、滑らかな櫛。
細かく装飾を施されているそれは決して安価な物じゃない。
「櫛に呪詛するって事は‥‥‥相手は女の人ですか?」
「恐らく。これは預かっておくよ。ご苦労だったね」
「はい。じゃ、失礼します」
礼をして、立ち上がったゆきを見て、郁章は暫し逡巡した。
やがて意を決したように、踵を返したゆきをもう一度呼び止める。
「あぁそうだ、ゆき‥‥‥これを貸してあげよう。暇な時にでも読みなさい」
「‥‥‥本?何の書なんですか」
「読めばわかるよ。それは私の筆蹟で写してものだから、返さなくていい」
「‥‥?ありがとうございます。じゃあ私はこれで」
(師匠のあんな真面目な顔を初めて見た‥‥)
当の郁章が聞けば、何とも言えぬ渋面を作るであろう感想を抱きながら、手にした本を袂に入れて梶原邸へと足を向けた。
(なんだろう、何か引っ掛かる)
なのにその、何か、がわからない。
一条から梶原邸までの道のりは、疲れ果てたゆきには拷問のように感じた。
もう夕暮れは姿を消しつつあり、夜が迫ってきている。
疲れ切った身体だと、始めからわかっていた事だけど。
(もう‥‥限界)
目に見えるもの全てが寝具に見える位だから、相当疲労したのだろう。
‥‥‥少しだけ、ほんの少しだけなら大丈夫。
誰もいない団子屋の軒下の腰掛けを見つけた。
よっこらせ、と座って空を仰ぐ。
薄い雲に覆われて、月に紗がかかったように見える。
何だか眠たくなってくる。
月の光は黄泉の光に似ていると言う。
月を宿す神は、隠国の神。
ヒノエを加護する熊野の神。
こんな日は黄泉への道が開いて、死者に会えるような気がするのは、いけない事だろうか。
もう、会うことのない両親に。
‥‥‥どれほど時間が経ったのか。
それとも、然程経ってないかわからない。
向こうの辻から、カラカラと音がした。
夢見心地なゆきの目が、ゆっくりとこちらに近付くモノを見た。
「っ!やっ!‥‥‥‥!!」
大きく目を開き、声にならない声をあげた。
前から通りをゆっくりやってくるのは、平安調の牛車。
首のない牛が曳く牛車の横にいる狩衣姿の人物は、同じように首から上がなかった。
(や‥‥やだ、どうしよう‥)
怨霊や悪霊の類なら調伏すればいい。
わかっているけど怖くて、身体が竦んで動けない。
呪符を取り出す事さえ叶わない。
(怖い‥‥!誰か!!)
恐怖に強張るゆきの前を車はゆっくり通ってゆく。
車は血を浴びたように真っ赤に塗れていた。
覚えているのは、そこまで。
生まれて初めての恐怖に、ゆきの意識は限界を超えてしまった。
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