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そこは平家の館があった場所だった。

焼け跡に埋もれるように小さな井戸がある。
余程大きな火災だったのか今でも鼻につく焦げた匂い。



「確かに嫌になる障気だね」

「うん」

「これからどうするんだい?」

「さっぱりわかんない」

「‥‥‥‥‥‥‥は?」



ゆきの言葉が想像もつかないものだったのだろう。ヒノエが硬直していた。



「師匠は『何とかなるよ』って言ってたから、何とかなるよ。多分」



うんうん、と頷く彼女を見てヒノエは妙に感心した。



今まで自分の周りにいた女とは明らかに違う。
鋭い指摘をするかと思えば、次の瞬間には頼りない挙句、妙な渾名を付ける。

‥‥女相手にこんなに笑う事もなかった気がする。


甘い言葉で口説く気にもならない、不思議な女。



(本当に面白い姫君だ)






「えーと、えーと‥‥‥‥あった、これこれ」



当のゆきは、腰袋に手を突っ込みゴソゴソと目当ての札を探していた。
ぐしゃぐしゃになった(師匠直々に賜った)札のシワを慌てて引き伸ばしている。



(‥‥‥‥‥‥)



あまりにも陰陽師の幻想をすっ飛ばしたゆきの行為に、ヒノエは今度こそ絶句した。



「よしっ!!‥‥あ、ヒノエは危ないから下がっててね」

「オレが姫君を置いて、下がるような男だと思うかい?」

「思わないよ。でも、術が暴発とか暴走したら危ないし‥‥」



今、物騒な事を言ってなかったか?



「‥‥じゃ、隣にいるよ。オレの気がお前の力になるんだろ?」

「‥‥ありがとう、失敗したらごめんね!」



またもや物騒な事を告げて、ゆきは目を閉じた。


深呼吸をするゆきの隣りでヒノエは辺りを窺う。

さっき見て思ったが、術に集中している彼女は無防備だった。


もし生身の人間が襲ってきたら、ひとたまりもないだろう。
まだ陰陽師として熟練していないから、仕方ないのだと思うけれど。


護衛も兼ねて、ヒノエはゆきの隣りに立つ。







「掛け巻くも畏き隠月大神と大咲明神、京を守護せんとす応龍の大前に畏み曰く、陽の京に諸の禍事はあらじと祓い給え清め給え」








祝詞を唱え札を掲げる。
それはゆきの手の中で、炎の鳥へとゆっくり姿を変えて行く。

ゆきの手から飛び立った鳥は井戸の周囲を旋回し、やがて消えた。




幻想的な光景に暫く目を止めたヒノエの耳に、硬い声が響いた。



「‥‥呪詛は見つかったけど、誰もいないみたい‥‥」



疲れてぺたん、と地面に座り込むゆきの代わりに、ヒノエが宙に浮かんだ呪詛に手を伸ばす。


‥‥‥既に呪詛は祓われている。




(本当に面白いね、ゆき)






先程ゆきが使用した札は、式神を呼ぶものだろう。
自らも神職に身を置くヒノエは解る。


朱雀を象った式など、生半可な霊力では呼べないことを。



「‥‥へぇ」



ヒノエは思わず唾を飲み込んだ。

ゆきの力もそうだが、恐らくわざと明王札を持たせた『師匠』とは一体どんな人物なのだろうか。




ゆきを暫く休ませて、遠慮する手を引きヒノエは土御門邸へ送っていった。





これも何かの縁だろうか。


そう、二人同じ事を思いながら。








ACT8.薄紅の桜と赤き翼






20080805


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