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弟子に仕事を押し付けて逢瀬に出かけた師匠。
そんな彼に呆れながら、ゆきは六波羅へと向かった。



龍神の加護を失い、朔日の栄華も陰を潜める京の春。

永に渡った貴族の平安の名残も平家の栄華も、戦により喪ったとはいえ、住む人の生活は変わらない。
路の端にあちらこちらに咲き誇る桜の美も、昔から変わらないだろう。


匂うように、癒すように可憐に咲き誇る桜。





『可愛いゆきさん』

『お前には俺が‥‥俺達がついてるだろ』




(将臣くんと重衡さんと逢って一年になる‥‥)



桜を見ると思い出す。
銀の髪の、優しい目をした穏やかなひと。
蒼い髪の、自分と同じ故郷を持つ強くて風のようなひと。


もし源平の戦が終わったらあの二人はどうなるのだろう。

桜の香の儚さがゆきの中の不安を誘う。





もうすぐ昼刻になる。

風が吹く。
花びらが舞い踊る。
そして感じる、不思議な気配。








「桜に魅入られてしまったのかい、姫君?」








(え‥‥?)




振り向いたゆきの目に、鮮烈な紅が映る。
炎を具現したような髪と美貌に、ゆきは暫く見惚れてしまった。



「姫君?」

「‥‥‥‥‥誰の事ですか?」

「オレの目の前には可憐な姫君しかいないと思うけど?」

「あ‥‥私か。そっか」



まだぼんやりする頭を振るゆきを見て、少年は鈴を転がすように笑った。



「面白いね、姫君。‥‥もしかしてオレに見惚れてたとか?」

「うん、綺麗な髪だなあって見惚れてたよ」



真面目に答えたらまた笑う。



「はははっ。正直でいいね、気に入ったよ‥‥‥オレはヒノエ。お前は?」

「ゆきだよ。あ、六波羅ってどこ?迷子になったの」



迷子発言に爆笑したヒノエは、ゆきの中ですっかり「笑い上戸」のレッテルを貼られたことに気付かない。



「迷子なら仕方ないね。オレも六波羅に用事があるからね。一緒に行くよ」



悪戯っ気も艶もある笑顔を向けた。



(師匠が適当な地図をよこしたから迷ったんだからね!)



決して自分は方向音痴じゃない、と彼女は誰にともなく訴える。




















六波羅は思うほど離れていなかった。

平家一族が栄華を誇った場所だったが、戦により焼失したという。
今は盗賊や追われている者などが潜んでいる。治安は良くないのだと、ヒノエが教えてくれた。



「こんな場所に姫君一人を 行かせるなんて‥‥お前の師匠とやらも結構やるね」

「‥‥‥‥信頼してくれてるんだ、と思い込む事にしたよ。あの人の考えてることなんか理解しようと思うだけ無駄だし」



遠い目をするゆきを見て、ヒノエはまた笑う。
あまりにも笑うので笑い死にしないか心配になった。



「オレの身内にもいるよ。何考えてるかわからないヤツ」

「‥‥あ、そういや私がお世話になってる人も、何考えてるかわかんないよ」



二人共同じ人物を思い浮かべてるとは気付かない。
お互い苦労するねえ、とヒノエの肩を叩いたらまたもや笑われた。



「おっ‥‥お前、最高だね」

「何が?ひーちゃん」

「ひーちゃん?‥‥‥‥姫君、それは止めてくれないかな」



本気で嫌がっていた。



(ひーちゃん可愛いのに)
















「お前を一人出来ないし、付き合うよ」



と、切り出したヒノエの行為に有り難く甘えることにした。

何となく離れがたくて。



「ここからどうするんだい?」

「嫌な感じがする場所を特定すればいいから‥‥‥‥‥‥うん!何とかなるよ」



懐から、師の郁章が餞別にくれた札を出す。
抱き締めるように胸へと押し付けた。

目を閉じて小声で祝詞をあげる。

巡る気。
色のない様々な色を見分ける、といった感覚なのだろうか。

深呼吸を何度かすれば、肉眼で見るのとは違うものが見える。


いつもより鮮明に見える気の流れに不思議に思ったが、すぐに原因が解った。
口許が綻ぶ。

流れるものをひとつひとつ選り分けていった。



「‥‥‥あった」



北の方向に黒く澱んだ気がひとつ。
場所を特定出来たのでもう一度深呼吸をしてゆっくりと目を開けた。



「あっちの方に歪んだものがあるんだけど‥‥」



付いて来てくれるかなあ、と問うゆきに、ヒノエは口笛を吹いた。



「へぇ‥‥本物じゃん」

「ヒノっちがいてくれたからだよ」

「ヒノエね、ヒノエ。オレがいたからなんて、可愛い事を言うね」






「そうじゃなくて、ヒノエ、神様に仕えているでしょ?」






核心を突く発言に、ヒノエはつい目を丸くした。
ゆきはきょとんとして「あれ?違った?おかしいな」とぶつぶつ言っている。



数瞬の後ヒノエがゆっくりと息を吐いた。




「‥‥‥どうしてそう思ったんだい?」

「どうしてって‥‥う〜んと。さっき目を閉じた時に、ヒノエから流れてきたから‥‥神様の加護と言うか気というものが。お陰でいつもよりよく見えたんだよ」

「なるほど。‥‥‥なら、どこの神様かわかる?」





ゆきの唇から滑り出た言葉に、今度こそ本気で驚いた。









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