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「やっぱり君達は知り合いだったんですね」



そう言って、ゆきを我に返らせたのは弁慶だった。



慌てて譲の腕から身を起こした彼女に、涙はなかった。


さっきのは何だったのだろう。
明らかに、いつものゆきとは違い、動揺していた。



(ゆき?‥‥‥もしかして‥‥)


朔は気付いてしまった。


(譲殿を見るゆきの眼は、とても切なかった)



愛しい気持ちと、恋しい気持ちと

焦がれる想いと。


全てがないまぜになった、切ない眼で彼を見ていた事に。




元々鈍いのか、望美と九郎は全く気付いてないようだ。

当の譲も、自分に向けられた想いには無頓着らしい。



(……私は同じ想いをしてきたから、痛い程に解るのよ、ゆき)







そしてもう一人、気付いてしまった人物は



「ゆきさん、久々に会う僕にはないんですか?」



妬けますね、とニコニコしている。


その言葉にゆきが少しだけ頬を赤くして、弁慶の方を向く。
弁慶が手を伸ばすと、ぼすっと抱き付いた。



「‥‥‥‥‥‥‥」



ゆきの耳元で何かを囁く弁慶と、

一瞬身体を強張らせてから、背中に手を回すゆきを、

朔は静かに見ていた。





今までの二人とは、何処か違う気がして。
















「ここで背中に腕を回さなきゃ、皆に変に思われるでしょう。‥‥特に、譲くんに」



今までなら、多分一番安心出来て暖かいと感じてた、保護者のような人の腕。

なのに、どうして、そんな事を言うのか解らなかった。
それでも、「譲くん」という単語に固まるゆきの身体は正直で。
弁慶の背中にそっと腕を回した。




















あの後、景時は色々と用事がある為、帰るのが少し遅くなると聞いてがっかりした。
でも、久々に皆で食べるご飯は美味しくて。それを作ったのが譲だと聞いて仰天した。


望美の隣に、当たり前の様に座る譲。

幼馴染みの二人にしか解りあえない部分が多くて、見てると切なくなると同時に、ひどく安心する。


二人が生きていたという安堵。



聞けば、二人が京に来たのは一か月前の宇治川らしい。



「私はもう一年半くらいになるよ」

「そうなんだ?あ、ゆきちゃん!陰陽師ってほんと?」



望美が先程、弁慶から聞いた話を確認するべく身を乗り出した。
譲もびっくりして話に入ってくる。



「え!?陰陽師って元宮が?」

「うん。まだまだだけどね!最近の極悪な修業のお陰で、ちょっとは術が増えたけど‥‥‥まだ先は長いわ」



修業の日々を思い出したのか、遠い目をしているゆきに面白がって朔は尋ねた。



「土御門ではどんな事をやったのかしら」

「ん〜とね‥‥昨日はおやつを食べてたら、師匠が突然に術をかけてきたのね」

「術?何のだ?」



九郎が煮物をもぐもぐ食べながら目を向ける。
見回せば、皆聞きたくてうずうずしているようだ。
ゆきは苦笑した。



「声が出せなくなるのと、体を指一本動かせなくなる術で、突然かけてきて『後は自力で何とかしなさい』って言うんだよ!!」

「それは‥‥‥また、凄い人ですね。君の師匠殿は」

「でしょ?でね、解くのに半日かかって大変だったんだよ!!声が出ないから呪を唱えられないし、体が動かないから五芒星すら書けないし。最後は気合いで頑張ったけど。
いつか絶対復讐しなくちゃね!!」



箸を握り締めた拳を高く上げ、決意に燃えるゆきを同情のまなざしで彼らは見ていた。

あまりにも壮絶なのだ。半日呪縛だなんて‥‥‥



「元宮って凄いんだな」

「そっそんな事ないよ有川くん。てゆうか褒めないでよ!」



ゆきが思いっ切り照れているのを見て、九郎が混ぜ返す。



「そうだぞ、褒め過ぎだ譲。こいつはかなり鈍いぞ。朝餉の膳を持ったまま転び、廊下を滑っていくなんてなかなか出来る芸当ではないからな」



ニヤニヤ笑いながらゆきをからかう九郎。



「──っ!いいじゃない!中身こぼれなかったんだから!」



真っ赤な顔で噛み付くゆき。




「駄目ですよ九郎。あまりからかっていると、また耳だけ兎にされてしまいますよ」



クスクス笑いながら弁慶がたしなめると、九郎は少し青ざめた。


以前、術が暴走して、九郎の耳を兎にしてしまった事がある。




(弁慶さんのバカ!わざと蒸し返さなくていいのに)



隣に座る弁慶を睨むゆきと、涼しい顔の弁慶。




「‥‥え?」

「うさぎ‥‥って?‥‥?」



首をかしげる望美と譲に、ひそひそと朔が説明する。



「修行時代に術をかけ間違えてね、九郎殿の耳を兎にしちゃったの。どうしたらああなるのかは謎だけど‥‥大騒動だったわね」

「流石はゆきちゃん‥‥‥」

「中身は変わってないんだな、元宮」

「あはは‥‥」



久し振りに会うのが嬉しいのか、夜が更けるまで彼らは積もる話に興じていた。





それぞれの胸の内に、色んなものを抱えていながら。






ACT7.泣きたくなる程いとおしい心



20070802

 


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