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「お邪魔します」

「お邪魔します‥‥緊張するね、譲くん」

「そうですね、春日先輩」

「遠慮しなくていいのよ、望美も譲殿も」



玄関先で緊張している二人に、先に入った梶原邸の主(の妹)の梶原朔が手招きする。

中は随分広くて、いかにも大河ドラマに出て来るような感じの邸だった。

望美と譲は、物珍しそうに辺りを見回しながら、居間に入る。
二人を見てクスクス笑う弁慶が、その後から入った。





「お茶を入れてくるわね」

「あ、じゃあ俺も手伝います」

「あらいいのよ。譲殿も座っていて」

「いえ、何かをしている方が気が楽なんで」

「そう?じゃあお願いしようかしら?」



譲は朔に厨の勝手を教えて貰いながら、楽しそうに作業をしている。



「そういえば、九郎さんは誰かを迎えに行くって言ってましたけど‥‥遅いですね」



居間にいる望美は、弁慶に話し掛ける事にした。



「もうすぐ帰って来ますよ」

「この家の人なんですか?」

「ええ。そうです」



望美が頷く正面で、弁慶は相変わらずにこにこしている。



「その人はどんな人なんですか?」

「‥‥‥は?」



暫く話をする事もなく、思いを巡らせていた弁慶に、望美は唐突に聞いた。

あまりにも不意を突かれたのか、珍しく弁慶が目を見開いている。



数多の運命を辿り、弁慶を知って来た望美も、これには驚いた。



「九郎が迎えに行った人、ですか?そうですね‥‥簡単に言えば新人陰陽師、と言った所でしょうか」



(陰陽師?‥‥‥じゃあ、あの子じゃないの?)



「う〜ん、そうじゃなくて‥‥‥どんな人かなって」



と聞くと、不意に吹き出す弁慶。



「ふふっ。かなり面白い人です、彼女」

「彼女ってことは、女性なんですか?」

「ええ。後は実際に会ってのお楽しみですよ」



弁慶は笑顔で、これ以上は聞くな、と言っている。

その何処か拒絶したような顔を見ながら、望美は一人考える。



(女の人と言った。きっとゆきちゃんだ。でも、陰陽師って―――)



何故?



「じゃあ、会うまでもう少しですね!」




ゆきちゃん。



















ゆきが大量の荷物を抱えて土御門邸を出ると、よく見知った人物が門柱を背に立っていた。



「ゆき、迎えに来たぞ」

「―――九郎さんっ!!」



花が開く様な笑顔を浮かべて走り寄るゆき。

子犬みたいに可愛いと思いながら、九郎は両手を広げて受け止める体勢を取る。



ドスッ!!



「‥‥〜〜〜〜ぐっ!!何をする!?」

「なあんで文のひとつも寄越さなかったんですかこの馬鹿九郎!!」



ゆきのとんでもなく重い荷物が九郎の腹に見事に決まった。



「ちょっちょっと待て!俺はだな、戦に――「弁慶さんも景時さんも朔も戦に行ってたけど文をくれました!!」――そ、そうか。すまないな」



怒濤の様な勢いに、源氏の総大将である九郎も太刀打ちできず、大人しく謝った。
やっとゆきは目を和ませる。



「心配したよ?‥‥‥お帰りなさい、九郎さん」

「ああ‥‥ただいま、ゆき」



抱き合って再会を喜ぶ。

それは恋人と言うよりは、兄妹のように微笑ましい光景だった。

















「白龍の神子?朔の対になる人だったっけ」

「そうだな」




荷物は九郎が持ってくれている。

梶原邸への道のりを二人仲良く歩いて、積もる話をしていたら



「白龍の神子が梶原邸で暮らす事になった」



と九郎が言った。



「えーっと、この前見た書物では‥‥白龍の神子とは八葉を従えて、唯一怨霊を浄化出来る人なんですよね」

「ああ、そうらしい」

「陰陽師って、怨霊を調伏出来ても浄化は出来ないから。‥‥浄化かあ‥‥一度は見てみたいなあ」

「俺には、大して違うとは思えんが」



九郎が不思議そうな顔をする。
確かに調伏も浄化も、怨霊を消し去る事に違いはない。だが、実際には全く異なるものなのだ。

ゆきは九郎にも解りやすく説明する。



「調伏って、呪符と呪文の力で怨霊を無理矢理、異空間の彼方にぶっ飛ばす事。
浄化と言うのは、怨霊を苦しめる業や恨みや悲しみから開放して、龍脈の流れに還してあげる事なんだけど」

「なるほど。全然違うんだな」

「でしょ?‥‥だからって訳じゃないけど、白龍の神子って凄い人だろうな。
浄化出来る位だもん。清らかな人なのかなあ。
‥‥‥‥って、何笑ってるの、九郎さん?」



九郎は爆笑していた。



「清らか‥‥‥ははは!」




(一体どんな人なんだろう)



ゆきは首を傾げた。




「あ、そうだ。八葉もいる」



思い出した九郎が唐突に言う。



「八葉も来てるんですか?」

「ああ、いるぞ‥‥‥‥ここにもな」

「‥‥‥‥‥どこに?」

「此処に」

「‥‥‥‥あの、油壺持ってふらふらになってるおじさん?」



確かに、向こうにはそんな人物が歩いているが。




「‥‥あのな‥‥ここにいるだろう?」

「まさか‥‥」

「ああ、俺だ」




「嘘だあ!!文も送らない人が八葉だなんてあり得ない!!」



「文は関係ないだろう!!」




ゆきのお陰で、九郎のツッコミは確実に上達している、ように思った。








「‥‥‥‥?」

「どうした、ゆき?」



梶原邸の門に手を掛けようとした九郎は、後で立ち止まるゆきに気付いた。



(これは?‥‥‥この『気』は?)



以前なら解らなかったが、気の流れを読み解けるようになった今なら、はっきりと感じる。







真っ白で眩しい光

汚れ無く美しい『気』



だけど、懐かしい‥‥‥。





「まさか‥‥」






扉を開けた向こうから、一日も忘れる事の出来なかった、大好きな少女が走ってきた。









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