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「そういえば今朝、遣いが来てね、ゆき」



ゆきの師である土御門 郁章が、ふと何かを思い出して文机から顔を上げて言ったのは夜も更けた頃だった。



「遣い、ですか師匠?」



部屋に帰って寝たいと言った空気を漂わせながら、一応弟子であり新米陰陽師の元宮ゆきは、取り敢えず問い掛けを返した。

こんな時間に二人きりだと言っても甘い雰囲気所以でなく、単に郁章の施した術を解くのにゆきが苦戦しただけ。



(普通『実戦第一』とか言っても、いきなり弟子に術かける師匠はいないよね?)



もう限界、眠たい、疲れた‥‥‥。



「随分疲れてるね」



(あんたのせいだっ!)


と言う気力もなく、はぁ〜、と溜め息を吐く。

師匠のこんな所は本当に、源氏の軍師を思い浮かべさせてくれるのだ。



「ゆきは確かに術者として君は成長したけどね、あの程度の術をどうにか出来ないのは困ったね」



あんな程度の術とは、声封じ&全身呪縛。


指一本動けなくされて声を出せなくされた上で、半日放置された。

と言うより、自力でどうにかするのに半日かかったのだ。



(いつかやり返してやるからね、師匠‥‥!)



恨みを込めて睨み付ければ、



「あの術程度をすぐに解除出来ない君では、私の足元にも及ばない」



悠然と笑われて、怒りはさらに募った。




「――そうそう、話が逸れたじゃないか。明日、景時殿と源氏の大将殿達が帰ってくるそうだよ」

「‥‥‥‥‥‥は?」



たっぷり五秒は考えて、ゆきは間の抜けた返事をする。



「聞こえなかったかい?おかしいな、耳には術をかけてないが。‥‥‥‥だからね」



景時、朔、九郎、弁慶が帰ってくる。



「はぁぁぁぁ!?もっと早く言って下さいよ師匠!!」

「ははは、悪かったね。ついうっかりして」



間違いなく、わざと『うっかり』だ。



「‥‥年寄りみたいですよ」



と師匠に聞こえないように言ったのに、ピシッと空気が凍るのを感じて慌てて部屋へ戻った。



(明日帰る準備しなきゃ!!‥‥‥眠いけど‥‥‥)






彼らが戦へ出てから三か月は過ぎた。

無事だと言う事は、時々届く手紙で知っている。





でも


やっと、やっと、大好きな人達の元へ帰れる。






あの人達に、会える。












郁章の部屋を下がったゆきは、鼻歌を歌いながら荷物をまとめていた。







次の日、一冬を一歩も出ずに過ごした土御門邸を後にする。







ACT7.泣きたくなる程いとおしい心






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