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「意識を大地に委ねて」
「はい――」
「流れが見えたら、呪をかけてごらん」
「―――――」
雪が辺りを白く染めた冬の昼前。
土御門邸の庭で、ゆきは呪符を胸に抱き締めるように立ち尽くしていた。
人形のように目を閉じ、先程からぴくりとも動かない。
相当な集中力を要すると見て取れる。
ゆきの師匠である土御門 郁章(ふみあき)は、縁側でのんびりお茶を飲みながら、弟子の様子を眺めていた。
‥‥‥暫く後、風もないのにゆきの衣服が揺らめき出した。
地面から霧状のものが立ち上ぼる。
(‥あ‥‥なんか感じる)
土の匂い
風の音
そして、
(お父さん‥‥)
大好きだった父の、横顔。
「オン・アビラウンケン・ソワカ!」
呪符を掲げ、祈りを込めるゆきの周りを黄色い光が包み、すぐに消えた。
辺りを見回しても特に何も変わらない。
ゆきが辺りに手を伸ばしてみたが、何も指に触れやしない。
(また失敗かあ‥)
がっかりしたゆきは、取り敢えず師匠の所へ行こうと、縁側へ走り出す。
──が、
十歩程行った所で、頭に、ガン!と衝撃が走った。
「───っ!」
突然の痛みに頭を抱えて座り込んだゆき。
一体何が起こったのか解らない彼女の耳に、爆笑する師匠の声が聞こえた。
「‥‥‥し‥‥師匠‥‥?」
「はははっ‥‥‥陰陽師が自分で張った結界の感知が出来ないとは、初めて見るよ‥‥‥」
(自分が?結界?感知?)
と、言う事は。
「えええ〜っ!!マジですか〜っ!?」
ゆきの周囲に、中規模の結界が張られていた。
彼女の術が初めて、暴走せず、成功した瞬間。
「きゃぁ!師匠!やったぁ‥‥」
がん!!
「うっ!‥‥」
喜び勇んで走り出して、また結界に頭をぶつけた。
「───!!」
「‥‥笑ってないで結界をどうにかしてください!!師匠!」
涙目になりながら頭を擦り立ち上がるゆき見てまた笑いそうになった郁章は、何とか平静を取り繕う。
「どうして私が君の結界を解除しなくちゃならない?」
「はぁぁっ!?」
「ゆき、次の課題だ。結界解除。自分のかけた術が解けないなど、陰陽師とは言えないからね」
にっこりと笑って言ってやると、凄まじい顔で睨んできた。
「っ!‥‥‥鬼!!」
「大丈夫。気の流れを感じる事が出来たのだから。‥‥早くしないと唐菓子を全部食べてしまうよ?」
「‥‥うわぁ!頑張ります」
気の流れを掴む要領を得たからか。それとも甘い物への執着からか。
それから、然程時間をかけずにゆきは結界を解除した。
(確かに君の言う通りだ。この子の力は並大抵の物じゃない。‥‥‥制御を叩き込まないと‥不味いね、景時殿)
縁側で唐菓子を頬張る弟子を見て、郁章は溜め息を吐きそうになる。
『郁章殿、ゆきちゃんをお願いします。誰にも利用されないように』
ゆきを土御門邸で預かる前日、わざわざ自分の元へ来て頭を下げた軍奉行を思い出した。
九郎達が宇治川へと戦に出たのが、冬の始まり。
その日からゆきは土御門邸に籠り、朝から晩までひたすら陰陽道に励んだ。
日の出前に起きて、羅盤を扱い殆ど当たらぬ一日の気を占い、
呪符の発動の特訓は本日やっと成功した。
呪符を高速で書く訓練、そして夜は陰陽師の歴史や術についての書を読み漁る。
深夜に近付く頃。眠る前の少しだけ、九郎や弁慶、景時、朔の無事を祈る。
そして未だ会えない彼らの安否を思う。
それがゆきの日常だった。
毎日、一日も休まず繰り返すうちに、少しずつ出来る事が増えていく。
特に五行の気を読み、術の発動に成功してからは上達が目覚ましかった。
冬の終わりを迎える頃には、簡単な呪詛なら解除出来るようになっていた。
まだまだ一人前ではないけど、暴走する事はほとんどない。
結局、元宮ゆきは、一度も邸を出ないまま冬を過ごした。
春の風と共に、弁慶達が帰って来るのはもうすぐのこと。
ACT.befor7.真白き冬
20070731
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