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(‥‥‥またこんな時間に目が覚めた‥‥)
満月の仄かなあかりが、私の眼を和ませる。
鈴虫の歌声だけが邸に響く唯一の楽。
昼間は暑いとは言え、夜半は冷える。
もう眠れそうにない私は上掛けを羽織り、部屋を出た。
縁側の柱に凭れて座り月を見る。
(明日、将臣くんと会うから、だから‥‥)
あんな夢を見たのかな。
『元宮‥‥』
『ゆきちゃん!』
今、どこにいるの。
ねえ‥
会いたい。
ACT6.届かぬ月の光
将臣と劇的な再会を果たしてから半年。
彼とは、月に一度位の割合で会う様にしている。
土御門邸に文が届くため、事情を知る師匠がその日を休みにしてくれるので有り難かった。
(今回は二か月振りに会うよね)
源氏と平家の戦が始まっているから、忙しいのだろう。
ゆきは敢えて、何も知らないフリをしている。
将臣が平家の‥‥‥恐らく将であることを。
だから、言わない。
自分が源氏の梶原邸でお世話になっていることを。
同じ現代にいた私の前ではせめて、立場を忘れて欲しい。
だから何も知らないフリをしているのだから。
(あ、来た)
こちらに向かってくる蒼い髪を見つけ、満面の笑顔で手を振った。
「お〜い!!マッチ〜!!!」
「マッチ言うな!!」
マッチでいいじゃん!
無駄に爽やかなんだしさ!
「誰がマッチだ誰が!!」
「ゆきさんこんにちは」
「こんにちは、重衡さん。お久し振りですね」
「ええ。貴女にお会いしたくて、想いばかり募っておりました‥‥可愛いひと」
「俺は無視かよ‥‥」
「私も重衡さんに会いたくて寂しかった‥‥」
「ゆきさん!‥‥貴女はまた一段とお綺麗になられましたね」
「ふふっ。ありがとう。重衡さんこそ、いつお会いしても格好よくて素敵です」
「そんな事を仰って、私をあまり喜ばせないで下さい。出来る事なら今この場所で我が身を切り裂き、貴女に見せて差し上げたい‥‥この、滾るような情熱を‥‥」
「重衡さん、そんな事を言わないで!身を裂かれてしまっては私、私っ‥‥!!」
「ゆきさん!」
「おーい、もういいか?」
手を取り合い見つめ合った所で将臣の呆れた声がした。
振り返ると地面に「の」の字を書いている。
「‥‥じゃ、そろそろ終わりますか、重衡さん!」
「私としてはもう少し続けたかったのですが‥‥仕方ありませんね、ゆきさん」
重衡さんに会うのは三回目だが、その度、言葉遊びに興じる。
彼とこんな会話をするのは楽しい。重衡も心底楽しそうに興じてくる。
(これが弁慶さんだったら、まともに返せないのにね)
殆ど毎日顔を合わせる弁慶に同じ様に言われると、顔が真っ赤になってしまうのだが、重衡には緊張しないで済む。
むしろ一緒に楽しめる。
ゆきは内心笑いながら、申し訳なさそうに将臣の手を取った。
「重衡さんに久々に会えて嬉しくて‥‥‥ごめんね、マッチ」
「俺も久々だろうが。それとマッチ言うな」
「重衡さんのがもっと久し振りだもんね!ね〜?」
「ええ。前回は、私を連れて来ては下さいませんでしたからね、まっちー殿」
「お前までマッチ言うなよ。しかも平仮名か。大体前回は、いく‥‥用事だっただろうが」
戦、と言いかけて慌てて用事と言い直したのに気付いたが、聞いてない振りをした。
二人が平家の人間だとゆきが知ってる事。
それを二人は知らないのだから。
うっかり口を滑らせかけた将臣に、重衡は少し冷たい眼を向けているが。
「ええ、まっち殿に頼まれた用事で。私がまっち殿の用事で出掛けている間、まっち殿はゆきさんを独り占めなさったのでしょう?妬けますね、まっち殿」
「マッチマッチマッチマッチ連発するな!」
「ちょ、ちょっと!大声出さないで!こんな所でマッチマッチ言わないでよマッチ!!」
「他の皆さんがまっちとは何かと気になって見ております、まっち殿」
「〜〜〜っ!‥‥‥もういい」
あ、いじけた。
苛めすぎたかな?
重衡とゆきは眼を合わせてニヤッと笑った。
「ごめんね、将臣くん。だからさっさと行こうよ」
「お前、なぁ‥‥‥」
「いつまでも拗ねてらっしゃるなら、兄上に言いつけますよ?」
「げっ‥あいつはだけ止めてくれ‥‥」
将臣は心底嫌そうな顔をした。
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