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「また会おうな」
「また会いましょうね」
「はい!あ、そうだ。私、土御門の家にいる事が多いので、連絡はそこにお願いしますね」
「ゆきさんは陰陽師なのですか?」
「まだ見習いを始めたばっかりです。だからほとんど毎日いてますよ」
「わかった。‥‥‥なあ、ホントに送らなくていいのか?」
将臣がしかめ顔で聞いて来る。
送ってもらうのは嬉しいのだが、後で非常に困った事になる。
将臣は、恐らく平家の人間。
源氏の将と軍師と軍奉行である彼らが、将臣の顔を知っている可能性もあるのだ。
逆も然り。
そんな危険を冒す訳に行かない。
「大丈夫ですよ、ここからすぐだもん」
「でもなあ‥‥お前も一応女だし‥‥」
「一応って‥‥‥‥‥あ‥‥‥」
将臣に食って掛かろうとしたゆきは、不意に一点を見つめて動きを止めた。
次の瞬間、ぱあっと満面の笑みを浮かべて大きく手を振った。
「あ、あの、お迎えに来てくれたみたいなんで、失礼しますねっ!!」
「‥またな」
「はい、お気をつけて」
ゆきが駆け寄った先に、黒い外套を被った男がいた。
(‥誰だ?あいつ)
ゆきは勿論の事、相手も嬉しそうに見える。
駆け寄った彼女の頭を軽く撫でると、何か話している。
ゆきがこちらを指差して外套の男に話し掛けた。恐らく自分達のことを話しているのだろう。
将臣が手を振ってやると、はち切れそうに大きく手を振って来る。
その後、隣の男が会釈したので自分達も会釈した。
(‥‥‥?)
一瞬、男から強い視線を感じた。
訝しむ将臣の先に、歩き出す二人の姿。
先程、ゆきを満面の笑顔にさせた男は、彼女の腰に手を添えていた。
(気に入らねえ)
将臣は目を細めた。
朔殿にお土産を買って行きませんか、と言われて市に向かった。
「朔にって‥‥九郎さんと景時さんの分は?」
「男に買ったって面白くないでしょう」
「泣きますよ、あの二人‥‥‥」
少しだけ二人に同情したゆきだった。
「ゆきさん」
「はい」
夕日が辺りを優しく照らす。
先程まで人が慌ただしかった往来も、随分閑散としてきた。
大量に買った団子は弁慶が持っている。
久し振りに会う彼は、少しやつれているようだ。
平家との、戦が近い。
軍師として策を練ったり、様々な準備をしたり、密偵を放ったり、きっとすべき事が沢山あるのだろう。
一人でどれほどの負担を負っているのか、ゆきには分からなかった。
彼は、一瞬ためらうと、もう一度呼び掛けてきた。
「ゆきさん」
「どうしたんですか?」
「さっきの、君が探してた人が‥‥『有川くん』なんですか?」
「えっ‥‥ええっ?」
予想もつかない言葉に、足が止まってしまった。
「なんでその呼び方を‥?」
「君と始めて会った日、熱にうなされながら何度も呼んでいたんです。だから‥‥今日会った彼が『有川くん』なのかと思って」
ああ、そうなのか、と納得した反面、隠していた想いをいつの間にか暴露していたんだと、恥ずかしくなった。
少し顔が赤いのがわかる。
「弁慶さん、今日会ったのは有川くんのお兄さんなんです」
「お兄さんですか?」
「はい。二年前にこっちに来たそうなんですよ。私と、時期がずれてるなって思って‥‥」
「それは不思議ですね」
「でしょう?」
それから色々話をしながら歩いた。
久々にする話が楽しくて、何度も笑った。
九郎や景時の弱点をゆきが推測しては、弁慶が否定したり。
お陰で梶原邸へ着いたのがあっという間に思えた。
門扉を開けようとして、ふと大事な事を思い出す。
(そうだった。私に、今出来ること)
それは、
「お帰りなさい、弁慶さん」
笑顔で『家族』にお帰りと言う事。
ゆきの前で弁慶は、短く息を呑んだ。
そして、ゆっくりと。
‥‥花が綻ぶように微笑った。
「ただいま。ゆきさん」
その笑顔はゆきの胸の奥深くに焼き付いた。
ACT5.再会と、帰る場所
20070726
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