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「あ、有川先輩‥‥苦しい‥‥」
名前を呼ばれたと思ったら息も出来ない程抱き締められた。
それほどに自分の事を心配してくれたのかと思うと、嬉しくて泣きそうになった。
しかし、苦しくて息が辛い。
何とか抜けだそうともがくが、男の力に勝てる筈がない。
「将臣殿、ゆきさんが苦しがっていますよ」
見兼ねた重衡が助け船を出してくれた。
「ごめん。つい安心しちまって‥‥‥っと。重衡、悪い。お前の婚約者なのにな」
「‥‥‥‥‥‥ぷっ」
「は?婚約者?昨日会ったばかりなのに?」
きょとんとするゆきの横で、肩を震わせる重衡。
「重衡!!‥‥‥タチが悪いぜ、全く」
やっと彼に嵌められたと知った将臣が、照れたように頭を掻くと、重衡とゆきが笑った。
「久し振りですね、先輩」
「だな、ゆき。元気そうで何より」
将臣は、ゆきの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
その仕草はあの頃と同じでなんだか安心する。
「有川先輩」
「ここで先輩も後輩もねえだろ。将臣でいい」
この世界で有川先輩、と呼ばれるのは照れる。
そう言うと、ゆきは少し躊躇った。
「将臣‥くん?」
「くんはナシ。敬語も使うなよ」
「げっ。イジメですか!」
「はははっ!」
まったくもう!と腰に手を宛てて、目の前の男を睨み付けた。
「背、伸びましたね」
「まあな。敬語やめろっつったろ」
「いきなり無理ですよそんなの‥‥‥将臣、くんが、結構変わってたんでびっくりした」
その後立ち話も何ですから、と重衡の計らいで近くの団子屋でお茶を飲む。
最初は気を利かせて帰ろうとした彼だったが、二人に引き止められてここにいる。
「まあ‥‥二年経ったんだ。少しは変わるさ」
「え?‥私はここに来て半年ですよ?」
「そうか‥‥譲と望美もズレてやって来てんのかも知れねえな」
「それなら、まだ着いてないかもしれませんね」
二人とも、望美と譲に会えてない。
一抹の不安を覚えたが、こうして将臣に会えたのだ。
いつか必ず会える気がする。
‥‥ふと、そこで視線を感じたれば、重衡がゆきをじっと見ている。
目が合うと、微笑んだ。
「昨日の姿も可愛らしかったのですが‥‥今日は一段と綺麗ですね」
「ありがとうございます。重衡さんこそ、昨日も今日も素敵です」
「ふふっ。綺麗なお嬢さんに言われると嬉しいですね」
「ま、着物はな」
「ん〜?何か言いましたか〜?」
「はははっ冗談だって」
再会の時間はあっと言う間に過ぎた。
その頃、九郎と弁慶は六条堀川の邸を出た。
九郎の兄、源頼朝から預かった邸である。九郎と弁慶の住居にもなっている。
務めを終えた二人は、梶原邸に向かう為に歩を進めた。
「景時達と夕飯を食べるのも久し振りだな」
「最近忙しくて遅くなってましたからね。一週間振りでしょうか」
一週間。
(随分と長く感じた一週間だった)
思ったより自分は寂しかったのだと気付く。
久々に合う自分を見て、彼女は喜んでくれるだろうか。
駆け寄ってくれるだろうか。
お帰りなさい、とあの笑顔で言ってくれるだろうか‥‥。
「景時か。どうしたんだ?」
角を曲がった所で、景時と鉢合った。
「え?あ、ああ、九郎。朔から買い物を頼まれたんだ〜。人使い荒いよね、ほんと」
とほほ、と情けない顔をする景時を、九郎は苦笑して慰めている。
実際は、頼朝から何らかの文が来たのだろう。
弁慶は景時に気付かれぬ様に彼を観察していた。
「朔殿は邸にいるのだな。ではゆきはもう安倍家から戻っているのか?」
「あれ?知らない?‥‥‥‥ああそうか、二人は聞いてないもんね」
「‥‥ゆきさんがどうかしたんですか、景時?」
「昨日ね、ゆきちゃんが探している人の知り合いに会ったそうなんだよ。今日、会う約束したんだってさ。その人がゆきちゃんの探してた人を連れて来てくれるって〜」
劇的な再会だよね〜、と景時は嬉しそうに笑った。
「だが、ゆきを一人で行かせて大丈夫なのか?」
「ついて行こうかって言ったんだけどね、ちゃんとした人だから信用出来るっていわれちゃってさ。まあ一応、式神を付けているから大丈夫だよ」
「そ、そうか‥‥」
なら安心だな、と九郎は言った。
「‥‥‥景時、場所はどこですか?」
それまで黙っていた弁慶が額に手を宛てながら問う。
「え?‥‥ああ、神泉苑だよ」
景時は見えない重圧に気圧される。
弁慶の眼が、日常では見ない光を宿しているからか。
‥‥戦時の顔に似ている。
そのまま歩き出した弁慶に、九郎は慌てた。
「おい!どこへいくんだ!」
「ゆきさんを迎えに行って来ます。帰りに団子でも買ってきますよ、九郎」
振り向いた顔はいつもの弁慶だった。
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