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宿に戻った重衡を迎えたのは、有川将臣だった。
「どこへ行ってたんだ?尼御前が探してらしたぞ」
「ああ、重盛兄上」
「その名前はやめろって言ってんだろうが」
丁度良い所にいてくれた、と重衡は思う。
「可愛いお嬢さんにお会いしていたんですよ、ああそうだ、兄上にも紹介したいので会って頂けませんか?私の可愛い姫君に」
「?‥わかった。しかしお前に紹介したい女がいるなんて珍しいな。そんなにホレてるのか?」
意外だ、と顔に書いて尋ねてくる将臣。
あの必死な少女を思い出して、少し意地悪をしてみたくなった重衡だった。
「それはもう‥‥心底惚れております。では明日お願いします」
「明日!?えらく急じゃねぇか?」
「あの方の気が変わらぬうちに会って頂きたいのですよ。ではお願いしますね、兄上」
いかにも心外、と顔に書いている将臣を見て、軽く会釈して部屋へと向かった。
(明日が楽しみですね、兄上)
「こちらですよ」
翌日、重衡の婚約者に会う為に神泉苑にやってきた。
一族の総領を名乗っている身なので、弟の婚約者に会う義務があるだろう。
「兄上、あちらに」
泉に向かって歩く二人の前方に、一人の女の後ろ姿。
成熟した、というにはまだ少し早い、華奢な肩。
肩甲骨の辺りで揺れる、栗色の髪。
藤色に小菊柄の着物を来ている。
「重衡の好みにしちゃ随分若いじゃねぇか」
「彼女は特別ですから」
ふふっ、とどこか意地悪に笑う重衡に、何とも言えない気分になった。呆れた、というのが近い。
近付く気配に気付いたのか、彼女が振り向いた。
瞬間、将臣の目が大きく見開かれる。
「‥‥‥は?」
そして大きく見開かれた、もう一対の目は柔らかな栗色。
「有川先輩?」
少し高い、自分を呼ぶ声も。
「‥‥‥‥ゆき!?」
『有川先輩いますか?』
『有川くん試合前で忙しそうだから、代わりにお弁当を届けに来ました』
『お、悪いな!サンキュー!!』
『という口実で、ほんとは望美ちゃんに会いに来ました〜』
『‥‥俺は口実かよ』
あの頃より少しだけ大人びているけど。
間違いない。
目の前にいるのは、あの日はぐれてしまった
‥‥‥‥ゆき、だった。
その瞬間胸に抱いたのは、
懐かしさか、愛しさなのか。
溢れる衝動につき動かされて、気がつくと小さな身体を抱き締めていた。
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