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梶原邸からさほど離れていない、神泉苑へとやってきた。

泉の周りを乱舞するかの様に、風に乗って花びらが散っている。


陽の光を反射して、煌めく水面に吸い寄せられて行く小さな花びらに、ゆきは暫し見惚れていた。




なんでだろう、あまりにも鮮明に思い出してしまう。



将臣を。望美を。譲を‥‥。




(今、元気にしてるのかな。ご飯とかちゃんと食べられてるかな。私の様に、優しい人達に助けて貰ってたらいいけど‥‥)



会いたい。

自分にもっと使える力があればいいのに。
力があるのに、ちゃんと使いこなせないなんて。
出来る事から始めているつもりでも、時に、こんな風に焦ってしまう自分がいる。



(‥‥きっと、大丈夫だと信じよう)



桜の木にもたれて座り、ぼんやりと花びらを見ていた。










「お嬢さん、ご気分が優れないのですか?」



どれくらい経ったのだろう。

不意にゆきの背後から声がした。



「え‥‥私?」



私なら大丈夫です、と続けようと振り返る。

眼に飛び込んだは銀の髪。



「あ‥‥‥」

「お嬢さん?」









銀の髪。












(このひとは‥‥)













風になびく銀の髪。

所々紅いのは、恐らく血。

ただ座り込み、銀の輝きを見ていた自分。

視線に気付き「‥殺すには、惜しいがな‥」と呟く鋭い眼差し。




手には血塗れの、銀の刃




紫の眼は私を捉えたまま、ゆっくりと刀を振り上げて‥‥‥‥。











「‥‥‥‥っ!!‥‥‥やっ!‥‥‥」



(何これ?何でこんなの見るの!?)



「大丈夫ですか!?」




口元を押さえ、込み上げる吐き気と闘った。



「‥‥っ‥‥‥」

「大丈夫ですよ。辛いなら吐いてしまっても」



優しく背を擦ってくれる男に、大丈夫、と首を振り何度も深呼吸をした。



‥‥‥どれほどそうしていたのだろう。


ようやく吐き気が収まると、泣いている自分に仰天した。



「すみません。ちょっと気分が悪くなって‥‥」



何とか言い繕うと、相手は優しく微笑んだ。



「落ち着いたのでしたら良かった。私の事は気になさらなくて結構ですよ、可愛いお嬢さん」



にっこりと。人を安心させる笑顔。


差し出された手に掴まり立ち上がって、お礼を延べた。




「ありがとうございました」

「いいえ。貴女の可愛い笑顔が見られるのなら、いくらでも」



(このひと、弁慶さんみたい)



思わず吹き出した。


さっきの白昼夢で見た人にそっくりだけど、違うと確信しながら。




二人は並んで座り桜を眺めた。

彼は、重衡と名乗った。



「ゆきさんは京の方なんですか?」

「今は京にいますけど、生まれは違います」

「そうなのですか。どちらから?」



まさか『未来からやってきました』とは言えない。
絶対に頭がおかしいと思われる。
そこで間違えてはいないので、自分の出身地を口にした。



「えっと、鎌倉です」

「ああ、鎌倉ですか。‥‥そういえば、将臣殿‥‥私の連れも鎌倉から来たと言っておりました‥‥‥‥‥‥っと、ゆきさん?」



重衡が怪訝な表情を浮かべて呼び掛けている。
しかし、ゆきの耳には入らない。




彼は今、何と言った?





「重衡さん!将臣って‥‥有川将臣ですかっ!?」

「え、ええ。お知り合いですか?」

「会わせて下さいっ!!」



重衡の襟元を両手で掴みあげ、射るような眼で縋りつく彼女に、



「明日でよろしければ、ここに連れて参りましょう」



とにこやかに言ってのけた彼は、素晴らしく肝の座った人物なのかもしれない。



二人は明日の正午に神泉苑で、と約束した。



「送りましょう」と言われたが、近いしまだ明るいので丁重にお断りして、ゆきは帰路につく。



(重衡‥‥‥‥確か、平家に舞の名手がいたよね)



平家物語が好きなゆきはその名前に覚えがあったから。



平 重衡。



彼のあの物腰は、庶民のものじゃないと思う。

もし重衡が本人なら、自分が梶原邸にお世話になっている事は言えない。



(そうか、ここは源氏と平家が戦っているんだよね‥‥)





 


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