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「お待たせしました」



それぞれ、思いにふけて黙り込んでいた。

暫くして部屋の戸が開き、入ってきたのは弁慶。



「弁慶殿、ゆきはどう?」



朔が真っ先に尋ねてきた。よほど心配だったのだろう、手を握り締めている。



「ええ、特に外傷はありません。疲れたようなので、薬湯を飲ませたらぐっすり眠りましたよ」

「泣いたりしていなかったかしら‥‥」



躊躇いがちに伺う声。

弁慶の笑みがまた少し深くなった。



(本当に心配で仕方ないのですね)


朔の後ろを通りながら、肩に軽く手を置く。



「戸惑っていたようですが、明日話しをしようと言うと一応は落ち着いてくれました。良ければ後で様子を見て貰えませんか」



‘僕より貴女の方がゆきさんも安心するでしょうから。’



声を落として告げると、彼女の方がぴくりと揺れた。



「ええ‥ありがとう、弁慶殿」

「どういたしまして」












「皆揃った事だし話してくれ、景時」



弁慶が座るのを確認し、それまで一言も発しなかった九郎が口火を切った。



「‥‥簡単な事なんだ。彼女は陰陽師になる素質がある。それも、相当な力を持つ」



夜の薄暗い室内に静かに声が響く。硬い声音だった。

円座に座る彼の妹は、ゆっくりと兄を見やった。



「相当な‥?」



か細い声に景時は頷く。



「本来なら明日にでも安倍家へゆきちゃんを連れて行くべきだと思うんだ。だけど‥‥」

「だけど、連れて行くのも危険。そうでしょう、景時?」



言い淀む彼の代わりに、隣の軍師が思案顔で続ける。



「危険?どういうことなの」

「‥‥もちろんオレの想像でしかない。ただ、オレの感覚で言うなら‥‥」

「言うなら何だ?」



意味を掴み辛いのか、九郎が眉間を深くする。
混じり気のない双眸は、真直ぐ景時を射抜く。



「ゆきちゃんは、凄い力の陰陽師になるかもしれない。それこそ古の安倍晴明の様に、後世にまで名を残すような‥‥」






部屋に沈黙が訪れた。






「‥‥ゆきの力が強いのと、安倍家に連れて行くのが危険な事に、どんな繋がりがあるのか説明してくれ」



未だ理解仕切れない九郎が景時を、じっと見据えた。



「僕が代わりに答えましょうか」



弁慶がゆっくりと目を開き、景時に問い掛けると、頼む、と返ってきた。
九郎と朔を見る目にいつもの微笑はない。



「ゆきさんの霊力、もしくは呪力と呼ばれるものは強い。しかし陰陽道について無知な彼女は、力の使い方を知らない。今日のように、いとも簡単に暴走してしまう‥‥‥ここまではわかりますね?」



九郎と朔が頷くのを目の端に捕らえる。
ここから先の話は、二人に、滑稽な想像だと思われるだろうか。


自分も話を聞いただけなら、有り得ないと判断するだろう。

先程の彼女を見なければ。



「彼女が安倍家で修行するとします‥‥‥恐らく素晴らしい才能を持っているでしょう。そして安倍家はここ数代、目覚ましい術者を輩出していないと言われている‥‥表立っては、ですが」



一旦言葉を区切った弁慶は、九郎の目をじっと見据えた。
感情のないその目は、まさに軍師のそれ。


まるで戦術の決定を促すように、彼は問う。



「――さて、九郎に聞きます。君がもし安倍家の当主だとしたら、一族に欲しいと思いませんか?」

「‥‥‥思うだろうな」



頷いて、まさか、と思わず問い掛ける。



「ええ。下手すると搦めとろうと動くでしょうね。幸いにも彼女は女性だ。女であると言う事は、子を産むということです。一族の跡継ぎを誕生させられる」



淡々と醒めた眼で語る弁慶に、朔が「そんな‥」と呟きを返した。


女であると言う事は、子を産む事が出来ると言う事。

能力のある世継ぎを産みさえすればいいのだ。
如何ようにも手段はある。



「もちろんこんなのは、僕達の深読みし過ぎた想像にしか過ぎません。安倍家が力にこだわっていなければ何の問題もない。根拠もありませんし」

「‥‥‥嫌な予感がするんだよ。さっきの‥‥結界を爆破した時に、唱えていたのは‥‥‥」

「尊勝陀羅尼でしたね」



弁慶が確認するように問うと、そうだよ、と力無く返ってくる。
二人の会話を聞きながら、不安になった朔は、ぎゅっ、と自分の襟を掴んだ。



「そんしょうだらに‥?」



尼僧の自分が、普段なら知っている名なのに、頭が飽和したのか意味が解らない。



「真言の中で最も力を持った言葉なんだよ。あらゆる魔に打ち剋つ事が出来ると言われているんだ‥‥‥破魔の呪言を結界解除に向けて使い、結界ごと爆破させるなんて荒技、聞いた事がない」

「‥‥‥‥どちらにしろ、今のゆきに言えない話だな‥‥」

「そうね。ただでさえ不安定なのに‥‥」



九郎が額に手を当て、目を固く閉じ、吐息と共に言葉にする。

掴んだ襟元の手を握り締めて、朔も同意する。




「‥‥‥でも、手遅れの様ですね。」



ある一点をじっと見て弁慶が静かに言った。



「‥‥‥そこは寒いでしょう、ゆきさん。中に入って下さい」



息を飲む皆の目線の先。

立ち上がった弁慶が戸を開くと、話の当事者である少女が立っていた。



 


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