(2/5)
 


「ごめんね、またしんどい思いをさせるかも知れないけど‥‥どうしても、今、確かめなきゃいけないんだ」

「はい、大丈夫ですよ」



心から申し訳ない、と顔に表した景時が、庭の中央へとゆきを導いた。
そんなに深刻な顔して大丈夫かな?とゆきは景時が心配になる。


庭に降り立つ弁慶と朔が、先程の抉れた地面や散らかった庭に、目を見開いていた。
‥‥これは、まさか彼女が‥?

彼らを尻目に、差し出した札をゆきが笑いながら受け取ると、景時は九郎達の方を見た。



「九郎と弁慶と朔は縁側で見ていてくれるかな?」

「ゆきに怪我はないのか?」



先刻の状況を見ていた九郎が心配そうに景時に尋ねる。



「九郎。景時を信じましょう」

「‥‥兄上、ゆきを頼みます」

「わかった」



朔の頭をぽんっと撫でて、景時はゆきに向き直る。



「ゆきちゃん。今から君に、結界を張る。この札は結界を破る札なんだ。結界を張ったらその札を持って、オレが教える言葉を唱えてくれないかな?」

「‥‥わかりました。えっと、結界を張ったら景時さんの言葉を真似するんですよね?」



景時が何をしたいのかさっぱり解らないが、自分がする手順は理解した。

取り敢えず、札を持って彼を見る。



「じゃあ‥‥いくよ!!」

「はい!」



景時は陰陽術式銃を、ゆきに向けた。

銃口を見た瞬間、先程の爆撃を思い出して心臓がどきん、と鳴った。


怖くて震えてくる。

怖い、逃げたい、でも‥‥。




(景時さんが私を攻撃する訳がない。大丈夫)



必死に言い聞かせ、彼の目だけを見る事にした。

銃口が目に入らぬように。


やがて景時が呪文のようなものを呟き、引き金を引いた。


高い銃声の後に、白い糸のような光が彼女の周りに球形に走り、安定したのか、一瞬強く光って消える。




目の前は特に何も変わらなく見える。
振り返っても、目に入る景色は変わらない。



「結界ってこんな感じなんだ」



試しに手を伸ばすと、確かに透明なガラスのように、固い壁。
何だか面白くて、ぺたぺたと触りまくる。
冷たいような暖かいような、不思議な感じがする。



(ふふっ面白いな、この感触)




触れている内に、その感触が何かに引っ掛かる。



(なんだろう‥この感じ、知ってる気がする‥)



懐かしい、と表現すべきか。暖かい、と言うべきか。



(私は知っている)



結界と言われる、独特な透明の壁を知っている。

結界の内部を流れる清浄な気を覚えてる。



(お父さん‥?)



記憶の中で、似たような光景があった気がする。
今は遠い幼き日に、大きな腕に抱かれて触れた事があるのではないか。


───あの腕は。




(間違いない、お父さんだ)



‥‥若かりし父が、呪符を掲げ、何かを唱えていた。ゆきを守る様に抱き上げて。




(光の繭が生まれ、私は壁をぺたぺた触って喜んで‥‥‥お父さんはそんな私を見て目を細めていたっけ)



何で忘れていたんだろう。
数少ない父との思い出なのに。



───記憶の中の父が言葉を唱えてる。



(呪文みたいだな)



思い出せそうなのに、曖昧で届かない。



その記憶を掴むべく胸に手を置き、奥に眠る、微かな父の声を聴く。

呪を唱える低い声。



(懐かしいお父さんの声‥‥)



少しずつはっきりと聞こえてきた、大好きだった父の声。



(お父さん‥)



目を閉じ、父の懐かしい低い声を辿っていった。







『ノマクサマンダ・ボダナン・カロン・ビギラナハン・ソ・ウシュニシャ・ソワカ』







言い終えた瞬間、目も眩むような爆風。


それと共に、結界は崩れ始めた。





 


BACK
栞を挟む
×
- ナノ -