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「ごめんね、またしんどい思いをさせるかも知れないけど‥‥どうしても、今、確かめなきゃいけないんだ」
「はい、大丈夫ですよ」
心から申し訳ない、と顔に表した景時が、庭の中央へとゆきを導いた。
そんなに深刻な顔して大丈夫かな?とゆきは景時が心配になる。
庭に降り立つ弁慶と朔が、先程の抉れた地面や散らかった庭に、目を見開いていた。
‥‥これは、まさか彼女が‥?
彼らを尻目に、差し出した札をゆきが笑いながら受け取ると、景時は九郎達の方を見た。
「九郎と弁慶と朔は縁側で見ていてくれるかな?」
「ゆきに怪我はないのか?」
先刻の状況を見ていた九郎が心配そうに景時に尋ねる。
「九郎。景時を信じましょう」
「‥‥兄上、ゆきを頼みます」
「わかった」
朔の頭をぽんっと撫でて、景時はゆきに向き直る。
「ゆきちゃん。今から君に、結界を張る。この札は結界を破る札なんだ。結界を張ったらその札を持って、オレが教える言葉を唱えてくれないかな?」
「‥‥わかりました。えっと、結界を張ったら景時さんの言葉を真似するんですよね?」
景時が何をしたいのかさっぱり解らないが、自分がする手順は理解した。
取り敢えず、札を持って彼を見る。
「じゃあ‥‥いくよ!!」
「はい!」
景時は陰陽術式銃を、ゆきに向けた。
銃口を見た瞬間、先程の爆撃を思い出して心臓がどきん、と鳴った。
怖くて震えてくる。
怖い、逃げたい、でも‥‥。
(景時さんが私を攻撃する訳がない。大丈夫)
必死に言い聞かせ、彼の目だけを見る事にした。
銃口が目に入らぬように。
やがて景時が呪文のようなものを呟き、引き金を引いた。
高い銃声の後に、白い糸のような光が彼女の周りに球形に走り、安定したのか、一瞬強く光って消える。
目の前は特に何も変わらなく見える。
振り返っても、目に入る景色は変わらない。
「結界ってこんな感じなんだ」
試しに手を伸ばすと、確かに透明なガラスのように、固い壁。
何だか面白くて、ぺたぺたと触りまくる。
冷たいような暖かいような、不思議な感じがする。
(ふふっ面白いな、この感触)
触れている内に、その感触が何かに引っ掛かる。
(なんだろう‥この感じ、知ってる気がする‥)
懐かしい、と表現すべきか。暖かい、と言うべきか。
(私は知っている)
結界と言われる、独特な透明の壁を知っている。
結界の内部を流れる清浄な気を覚えてる。
(お父さん‥?)
記憶の中で、似たような光景があった気がする。
今は遠い幼き日に、大きな腕に抱かれて触れた事があるのではないか。
───あの腕は。
(間違いない、お父さんだ)
‥‥若かりし父が、呪符を掲げ、何かを唱えていた。ゆきを守る様に抱き上げて。
(光の繭が生まれ、私は壁をぺたぺた触って喜んで‥‥‥お父さんはそんな私を見て目を細めていたっけ)
何で忘れていたんだろう。
数少ない父との思い出なのに。
───記憶の中の父が言葉を唱えてる。
(呪文みたいだな)
思い出せそうなのに、曖昧で届かない。
その記憶を掴むべく胸に手を置き、奥に眠る、微かな父の声を聴く。
呪を唱える低い声。
(懐かしいお父さんの声‥‥)
少しずつはっきりと聞こえてきた、大好きだった父の声。
(お父さん‥)
目を閉じ、父の懐かしい低い声を辿っていった。
『ノマクサマンダ・ボダナン・カロン・ビギラナハン・ソ・ウシュニシャ・ソワカ』
言い終えた瞬間、目も眩むような爆風。
それと共に、結界は崩れ始めた。
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