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「景時さんごめんなさい。洗濯のお手伝いが出来なくなりました‥」
汁物(ゆき作)を啜った箸を置いて、頭を下げた。
「い、いやいや、そんな謝らないでよ〜。オレなら大丈夫だからさ〜」
煮物(朔作)を箸で摘みながら慌てている姿は、とても軍奉行には見えない。
「でも‥‥せっかく約束してたのに‥‥」
「無理しなくていいんだよ、ゆきちゃん。元気になってくれただけで充分なんだよ〜」
「兄上の言う通りよ。私達は貴女が元気に笑ってくれるだけで嬉しいのよ」
「っ!!‥‥朔〜!!」
嬉しくてがばっと朔に抱き付くと「仕方ないわね」とゆきの背中を撫でた。
姉妹の様な仲睦まじさに、九郎達の顔も綻ぶ。
「ところで一体何があったの〜?」
「いやぁ〜‥‥それは‥‥」
「いえ、ただ無茶をする患者さんの診察をしておこうと思ったんですよ」
笑顔で説明する弁慶。
朔の手が止まる。
「ゆき、一体何をしたの?」
隠し事は許さないとの無言の重圧に、うぅ〜、と唸った。
黙り込んだゆきの代わりに話すのは、どこか嬉しそうな九郎。
「こいつは廊下を走ってつまづいて転んで滑って行ったんだ」
「廊下を走って‥つまづいて‥」
「転んで滑って行った‥‥」
何とも言えない目でこちらをみる梶原兄妹。
「気の毒な目で見ないで下さい‥‥」
何だか自分が悲しくなった。
朝食後、約束どおり弁慶の私室へと向かう。
「失礼しま〜す‥‥‥うわぁ‥‥‥」
何とも凄い部屋。
大量の薬草が干してあり、書物の山が溢れている。
壁や天井には至る所に神仏の怪しげな絵が張られている。
薄暗く埃っぽい。
ある意味絶景に、暫し呆然とするゆき。
「すみません。片付けようとは思うんですが、なかなか捨てられなくて‥‥」
散らかった書物を端に退けながら、弁慶が少し恥ずかしそうに言う。
「いやあ‥‥凄いなって思って。私も本が好きなんで、捨てられないのも判るし」
物珍しそうに部屋を眺めながらゆきは言った。
実際、この眺めはなかなか圧巻だと思う。
何故か、ありがとうございます、と弁慶は笑っていた。
「これって曼陀羅ですよね」
「そうですよ。ゆきさん、ご存知なんですか?」
「星曼陀羅の絵をね、父が集めていたから‥‥懐かしいな……」
「星曼陀羅とは珍しいですね。お父上もお好きだったんですか」
「‥‥好きでした。亡くなった後も、捨てられなくて保管してます」
感情を押さえた凪いだ眼に、弁慶は何も言えずただ見つめてた。
「熱が下がったばかりなのに、走り回ってはいけませんよ。大人しくするように、と僕は言った筈です」
「‥‥ごめんなさい」
弁慶が注意するのも当然だ。
意識が戻ってからこの一か月間で、二度高熱で倒れているゆき。
衰弱や出血の激しさ、何より精神的な負担が激しかったのだろう。
一昨日ようやく熱が下がったばかりのゆきが、昨日弁慶に泣き付いて取り付けたのが
『無理しない変わりに邸内を歩いてもいい』
というもの。
「腹部の傷もまだ完治してないんですから‥‥‥やっぱりもう一週間、部屋で寝ていて貰い―」
「ごめんなさいっ!もう走ったり無茶しませんから寝たきりは勘弁してください!!」
弁慶の袖口を掴み、半泣きになって自分を見上げるゆきに、笑いが込み上げる。
くすくす笑いながら、薬湯を差し出した。
「そう思うならくれぐれも無茶をしないで下さい‥君が皆の役に立ちたいと思うなら尚更、今は体を治す事に専念するべきです」
「えっ‥‥?何でわかったんですか?」
「皆わかっていますよ。君が僕達に恩返しをしようと思ってくれているのも」
「‥‥」
潤んだ目でじっと見上げるゆきの頭を撫でる。
くるくる表情を変える彼女は、まるで子犬の様に愛らしい。
「君が元気になったら、出来る事から始めましょうね。さあ、今はこの薬湯を飲んで下さい」
「‥‥‥はい」
綻ぶ様ににっこりと笑って、椀に口を付けた。
途端に思い切り顔をしかめる。
「苦っ!」
弁慶は大笑いした。
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