(2/4)
 



ゆきは梶原邸に着いてから、実に一週間も眠り続けていたと言う。



その間、弁慶は梶原邸に泊まり込み治療に専念し、朔と兄の景時も交代で看病に当たったそうだ。

源氏の棟梁の名代である九郎は何かと忙しかったが、それでも暇を見つけてはゆきの様子を何度も見に来てくれたらしい。




それ程ゆきの出血は酷く、怪我をしてから発見されるまでかなり時間が経過していたのか、衰弱が激しかったのだと。



実際、最初の二日間は何度も脈が消えかけていたらしい。




(よく生きていたなぁ‥)



彼らがいなければ確実に自分は生きていなかった。
あの大木の根元で望美達と離れたまま、人知れず消えていたのだ。

知る人もなく、独りきりで。

そう思うと安堵に涙が止まらなくなった。



「本当に‥‥あ、ありがとう、ございました」



泣きじゃくりながら礼を言う。



「そ、そんなに頭を下げなくていいんだよ〜。元気になったのは君が頑張ったからなんだよ、ね」



景時がぽん、とゆきの頭に掌を乗せた。



「怪我をした者を助けるのは当然の事だ」

「い、いてっ」



九郎が軽くゆきの肩を叩けば、傷に響いたらしく、隣の弁慶に睨まれた。



「貴女が目を覚ましてくれて嬉しいわ。よろしくね、ゆき」

「朔‥‥私こそよろしくね!」

「ゆきさん、随分長く話してしまったせいで疲れたでしょう。僕はもう一度傷を見ますから、九郎達は部屋を出てください」



弁慶の一言で九郎達は退出した。





「少し痛みますが頑張ってくださいね」



弁慶が足元に布団を掛け、ゆきの着物の裾を捲りあげ腹部を出す。
さっきも思ったが、恥ずかしい事この上ない。
治療の為とは言え、男に素肌をさらけ出すなんて羞恥心を覚えてしまう。
もちろん弁慶は薬師だから何も思ってないのは判っているんだけど。



(そういやこの時代にはブラなんてないよね)


いくら着物を着るとは言え、胸に安定感がないと落ち着かない。
‥‥‥明日、朔に晒を貰おう。

少しズレた事を考えているゆきを余所に、弁慶は無言で治療していた。
















「あ、九郎さん!おはよ「ばっ馬鹿!走るな!」

「――うぎゃぁぁぁぁっ!」

「‥‥‥何をしているんだお前は」



ゆきです、おはようございます。

意識が戻ってから早くも一か月が経ちました。

取り敢えず今の状況を説明します。




朝食の煮物(朔作‥‥さくさく?)と汁物(ゆき作)を乗せた膳を運ぶ途中、

廊下にて鍛練帰りの九郎さんに会い、

駆け寄ろうとしたら見事にスライディングを決めてしまいました。


あ、膳は守り通したよ。
両手を上に挙げてね。

零して朔を怒らせると怖いもんね‥‥‥。



「ぶっ‥‥‥くくくっ‥‥」

「‥‥‥‥‥‥九郎さん、非常に申し訳ないのですが、膳を持って頂けないでしょうか」

「あ、ああ、わかった‥‥くくっ‥‥」



うつ伏せの体制で廊下にキス。
膳を持つ両腕を頭の上に挙げて。自分では起きられません。

まずは後頭部上の膳を退けてもらわなければ。



「―――っ!!はははははははっ!!馬鹿だなお前はっ!!」

「笑ってないで早くどけろ〜〜〜!!」

「か、仮にも婦女子がそんな間抜けな姿で‥っ!!はははははっ!!」

「仮にもって何!?私は立派な乙女ですっ!!」

「そうか立派な乙女だったのか!すまないな!はははっ!!」



乙女だと主張したら益々笑われた。
そこまで笑うか普通。



「いいから早く退けてよ〜。見つかったら大変なんだから!」

「何が見つかったら大変なんですか?」

「そりゃ弁慶さんに見つかったら怒られ‥‥‥‥げっ」



スッと光を遮る黒い影。

俯せの体制のまま、あちゃ〜、っと苦い気分になった。


その時、頭上に向けた手から重力が消えた。


ようやく動けるようになった私は恐る恐る顔を上げると‥‥‥。
まだおかしいのか、涙ぐみながら笑うもじゃ九郎さんと、


にっこり。

と音が聞こえそうな笑顔で、膳を持つ弁慶さんがいた。



「べ‥‥‥べんけーさん、おはようございます。今日もまた麗しい笑顔ですね‥‥」



引きつりながらも笑顔で挨拶すると、彼は益々微笑みを深くした。





天女を思わせるような。







「おはようございます、ゆきさん。朝から元気なのはいいですが‥‥僕との約束を忘れてしまったみたいですね」




悲しいですね、

と愁眉も麗しく呟きなさるその様は、
薬師如来を連想してしまう程美しくございます(やけっぱち)


しかし、この笑顔を見て恐怖を覚えるのは私だけだろうか。





「ゆきさん」



にっこり。



「は‥‥はい‥‥」

「後で、僕の部屋に来てくれますね?」



にこにこ。



「いえ、大変申し訳ないんですが今日は景時さんと洗濯を手伝う約束をしてまして‥‥」

「ゆきさん?」

「ひぃぃっ!!判りました断りますからっ!!」

「景時には僕からも説明しますよ。全く、元気過ぎる患者を持つと薬師も大変ですね」




では後で、と膳を持って部屋に入って行く後ろ姿に泣きそうになりました。




九郎さんが手を差し延べてくれながら、ひとこと。





「要領が悪いな、お前は」







あんたが言うなぁぁぁ!!


 


BACK
栞を挟む
×
- ナノ -