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「弁慶、あの子が起きたって本当?」
ひょいっと、入り口から顔を覗かせる長身の男性。
(は‥‥腹出してるっっ!!腹っ!へそっ!!)
ゆきの視線は今入って来た彼の腹部に(熱心に)注がれていた。
ACT2.君が笑ってくれるだけで
九郎と弁慶に名前を聞いて驚いていたらやってきた長身の男。
「あ、本当だ〜!良かった〜!」
「兄上、早く入って下さい」
後ろには朔もいるようだ。
朔〜冷たい‥‥と青年は泣きそうな声を出しながら中に入ってきた。
近付いてくる彼の顔は見えない。
何故ならば‥‥‥
「ゆき‥‥ちゃんと相手の顔を見ろ」
「えっ!!へそ見てるって何でわかったんですか?」
「お前な‥‥」
がっくりとうなだれる九郎。
ゆきは引き締まった腹部(特にへそ)のみに目を向けていた。
何とも情けない顔の九郎の横で、弁慶が説明する。
「ゆきさん、彼が朔殿の兄でこの邸の主の梶原景時ですよ」
(いけない!へそ‥じゃなくて景時さんに挨拶しなくちゃ!)
「はっ初めましてっ!元宮ゆきです。その節はお世話になりありがとうございました、よろしくお願い致します!」
慌てて頭を下げ、いつの間にか腰を落とした景時の顔を見遣る。
(こ、ここにもイケメンがぁぁぁ!!)
「気楽にしてよ、ゆきちゃん!よろしくね〜!意識が戻って本当に良かったよ」
人懐っこい笑顔が帰ってきた。
(うわぁ可愛い笑顔!!癒される〜〜!)
「そう言えば私、どうやって助かったんですか?」
朔に身体を起こして貰い、挨拶も一段落したのでゆきは気になっていた事を尋ねた。
「その前に僕から質問です」
枕元に座る弁慶の目がすっと細くなった。
「君のお腹の傷‥‥‥太刀傷なんですが、心当たりはありませんか」
「タチキズ?」
「刀で斬られているんだ。真横にな」
九郎の補足を受けて、ゆきは目を見開いた。
「なっ‥‥何でっ!?いつ!?」
全く記憶にない。
自分はこの世界に来る時に何か尖ったもので切ったのだと思ったのに。
太刀傷ということは、誰かに斬られたということ。
下手をすればそのまま殺されていたかもしれなかったのだ。
誰かに害意もしくは殺意を持って攻撃された事なんて想像も出来ないが、この傷は間違いなく人の手によるもの。
ゆき顔から血の気が引いた。
ふらっと後ろに傾げば、そんな彼女を九郎が手で支える。
すみませんと呟くと、気にするな、と返ってきた。
青ざめた表情を浮かべながら、ゆきは弁慶の顔をまっすぐ見て言った。
「さっきも言いましたが、本当に心当たりがないんです。気がついたら血がいっぱい出てて、止めなきゃって思ったの」
「では、あの止血もゆきさんが?」
確認するように問う弁慶に真っ直ぐ視線を合わせて頷いた。
「はい」
「判りました。‥‥‥傷の手当てが素人ですし、訓練を積んだ木曽方や平家の間者ではないようですね」
彼らならもっと的確な処置をするでしょうから。
続けながらふぅ、と息を吐く弁慶に、布団を挟んで座っていた九郎が顔を真っ赤にして掴み掛かった。
「べっ‥‥弁慶!お前そんな事を疑ってたのか!」
「九郎、やめるんだ」
伸ばした九郎の手を景時が掴む。
静止しながらもまだ怒りを浮かべる九郎を静かに見て、弁慶は言った。
「それも僕の仕事なんですよ、九郎。間者の疑いを晴らすのもね‥‥とは言え、君を少しでも疑った事は反省しています。すみません、ゆきさん」
「弁慶‥」
景時が手を放すと九郎はぎこちなく座り直した。
「そんな‥‥気にしないで下さい。私も気にしませんから」
顔を上げたゆきは、すまなさそうな表情の弁慶の右手を取った。
「弁慶さんがあの時‥‥‥私を抱いて運んでくれた事を覚えてます。あの目はすごく優しかったから」
そして、にっこり笑う。
「嬉しかった。だから、ありがとう、としか思ってないです」
若干幼さの残るあどけない笑顔。
一瞬目を見開き、弁慶も笑顔になる。
右手に重ねられた小さな手に、もう一方の自分のそれを重ねる。
「‥‥ありがとう」
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