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「拝啓


お父さん、お母さん。

夢の中で会えて嬉しかったです。
あの時、お父さんの言葉通りに式を呼んだら、思いもかけない天狗が出て来て、腰を抜かしそうになりました。


後になって師匠に聞いたんだけどね。
まだ生まれ変わる前、安倍晴明さんだった頃の「賭けの報酬」を天狗に迫ったんだって。

天狗相手に勝つ清明さんも凄いけど、それを今さら迫る師匠も恐い。
師匠らしいと言うか‥‥助かったから感謝なんだけどね。


お父さん、晴明さんもそんな人だったの?



‥‥‥あの時元気をくれて、本当に嬉しかったです。
ありがとう、お父さん。
ありがとう、お母さん。

この声が届くといいな。






和議はあっけないほど簡単に成功しました。


政子さん、ううん、茶吉尼天の後ろ盾を失った頼朝さん。
流石に逆賊と言われてまで、朝廷に盾つくつもりはなかったらしいです。


って、私も弁慶さんに教えて貰ったの。




頼朝さんよりも、何か仕掛けるなら清盛さんだろう、って身構えていたんだけどね。

清盛さんは来なくて、代わりに来たのは還内府って言う人。
びっくりしたな。


だって、将臣くんだったんだよ!!
将臣くんが平家の人だって知ってたけど、偉い人だったなんて!
って言ったら怒られたけど。



なんでも清盛さんは怨霊で、体調を激しく崩してるんだって。

先日の望美ちゃんと茶吉尼天の力がぶつかった波紋が影響してるんじゃないかって、弁慶さんが真顔で推察していました。




これから京は忙しくなりそうです。


弁慶さんも、九郎さんも、弁慶さんと望美ちゃんにぶたれた景時さんも、忙しそうにバタバタしています。



戦は終わりました。




だから、私は――――』








「こんな薄着では風邪をひきますよ」

「‥‥‥‥あ、弁慶さん。お帰りなさい‥‥‥‥‥お久し振り、ですね」



背後からかけられた柔らかい声。



夜着一枚だけ。
いつの間にか冷えた肩に、ふわりと温もりが落ちる。

眼をやれば、黒と水色の布地。
それが外套だと気付いたのは、かけられた声が彼の物だと気付いたから。




(いつの間に部屋に入っていたの‥‥‥)


「ええ、お久し振りですね。すみません、戸口から何度か声を掛けたんですが、君が夢中だったようなので」



心の中の声は、正確に拾われる。


背後に立ちゆきの肩に手を置いて、弁慶はにっこりと笑った。


開けた戸から差し込む柔らかい月の光が、蜜の様な髪を飾る。


‥‥‥久々に会う弁慶の全身を、象る朧な光が。



それだけで涙が出そうな位に愛しくて。
見惚れたゆきは眼を細めた。



「う、弁慶さんに後光が差して見える‥‥‥」

「ふふっ。僕には君こそが輝いて見えますよ。僕に後光が見えるなら、その光は君が与えてくれたものですね」

「‥‥‥っ。恥ずかしくないですか?」

「僕は真実を言っただけですよ」



にっこりと笑うと、ゆきの頬は真っ赤になった。


弁慶は、自分の言動で頬を染める彼女が愛しくて、仕方ない。



そこで、ふと彼女が文机の前に座して居る事に気付いた。
何やら熱心に書いている様だ。
肩越しに手を伸ばし、書き掛けの文らしきものに手を伸ばした。



「‥‥‥何を書いていたのか、教えてくれませんか?」

「やっ、これはそのっ‥」


慌てて隠そうとするも一瞬先に伸びた手が、それを掠め取る。


ゆきは諦めの溜め息を吐いた。

別に見せて困る訳でない、彼になら。
‥‥‥恥ずかしいけれど。





弁慶が読む間の、沈黙。

やっぱり凄く恥ずかしいかもしれない。


やがて読み終えた弁慶の表情は、何処か固かった。



「‥‥‥すみません、取り上げてしまって」

「いえ‥‥‥弁慶さん、何か怒ってる‥‥?」

「いいえ?」



文を返すその笑顔が嘘くさい。


(嘘だよ絶対怒ってる!けどなんで‥‥‥‥‥‥あ)


はた、と気付く。
そう言えば手紙は書き掛けで‥‥‥。







『戦は終わりました。だから私は』









‥‥‥弁慶の笑顔が怖い原因は。
彼が怒っているのは。


(‥‥‥私の事が原因だって、自惚れてもいいのかな)


などと、当の弁慶が聞けばがっくり肩を落としそうな事を、真面目に思った。



「えーと‥‥‥」



何を言えばいいのか、言葉に詰まるゆきに、弁慶は深い溜め息を吐いた。

そんな彼の眼がなんだか哀しそうで、それだけで胸が苦しくなる。



「‥‥‥帰るんですか?」

「え?」



思いがけない言葉に顔を上げると、痛い程に真剣な顔。



「望美さんも譲くんも、元の世界に帰る為に頑張っていたのでしょう?‥‥‥そして、君も」

「それは‥‥‥」



強く、挑む様な真剣な眼差しで弁慶がじっと見つめていた。

‥‥‥‥‥‥怖い程に。



(正直に言わなきゃ‥)



「私、ね 「君は」」



語りだした声は、弁慶に遮られる。



「君は、帰りなさい」

「‥‥‥‥‥‥な、んで‥‥‥そんなこと‥‥」




足元が、崩れる感覚。





好きなのに
愛しているのに、
側に居たいと願ったのは自分だけだったのか。




思わずぽろぽろと涙が零れた。

こんなの、きっと重いだけなのに。


  


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