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弁慶や九郎、景時は忙しそうに立ち動いていた。


和議が無事に終わり、ホッとしたのも束の間。
今度は頼朝を送り出しに行くという。
但し鎌倉まで行くのは景時のみで、後の二人は神泉苑の入り口までらしいが。



「‥‥‥桜、咲き始めたな」



手持ち無沙汰なゆきは歩きながら、神泉苑の桜を眺めていた。

この先に、弁慶を意識し始めた‥‥‥初めてキスをした桜がある。



(あれから一年なんだ)



ここで、初めてキスをされてから。

弁慶を意識し始めてから、一年。



ふと桜に近付くと、木陰に隠れる様にして見知った人物達がいた。
ゆきは迷う事なく二人に近付いた。











「間違いないのか?」

「うちの情報網なら確実だぜ?後はお前自身が行って、確かめるしかないんじゃない?」

「まぁ、それもそうだな。
ん?‥‥‥ゆき、聞いてたか?丁度よかった」

「確かめるしか、ってヒノエが言ったのはちらっと聞こえたけど、どうかしたの?」



丁度今、将臣の後ろを通り掛かったゆきが、きょとんとして聞く。



「ああ、ヒノエの情報でな、重衡らしい人物が平泉にいるって。」

「‥‥‥‥‥‥本当!?元気なの!?」



ぱあぁ、と顔を輝かせるゆきと対象的に、ヒノエは面白くなさそうな表情を浮かべた。



「さぁね、そいつの体調までは闇の中ってとこだけど。少し前に銀髪で物腰の柔らかい‥京(みやこ)びた男が平泉入りしたらしいのは確かかな」

「銀髪の物腰柔らかい‥‥‥」

「平家にいただろ?知盛の弟も確か銀髪だったからさ」

「まぁ‥‥‥あいつが生きて元気なら、それでいいさ」

「‥‥‥うん」



(いつか会えるかな‥‥‥)



いつか、あの優しい笑顔に会えたらいいのに。

また、お団子食べたり出来たなら。

祈りながら空を見上げる。



この青はきっと、平泉にも届くと信じながら。



「兄さん!ヒノエも!いつまで遊んでるんだ!?いい加減買い出しに付き合えよ!!」

「‥‥‥さて、オレを待つ姫君の所へ‥‥」

「あぁ?お前がいねぇと俺が譲に怒られるんだぜ。いいから来い」



遠目からでも譲の青筋が見える気がして、ゆきは笑った。
心底嫌そうなヒノエの肩をがっちりと抱いて歩き出した将臣が振り返る。



「‥‥‥‥‥‥お前も、来るか?」

「ううん。ここで待ってるって約束してるから。後で邸でね」

「‥‥‥そっか」



ヒノエが肩を竦める横で、将臣が柔らかく笑いながらゆきの頭を撫でる。



「‥‥‥‥‥‥良かったな?」

「へ?」

「いいや、何でもねぇ。後でな」



そう言って今度こそ背を向けた。



二人の背中が見えなくなるまで見送って、眼を閉じた。

しばらくそのまま眼を瞑っていると、背後から近付く気を感じる。



間違えようのない、暖かい彼の気を。




彼がこちらに辿り着く前に、ゆきは元気よく振り向いた。



「弁慶さん!お帰りなさい」

「ゆき‥‥ただいま帰りました」



笑顔に笑顔で返せば、更に零れんばかりの笑顔。

そして一歩、弁慶が距離を縮めればあと少しで触れそうな微妙な距離になる。
途端に恥らうように頬を染めるゆきに微笑ましく思いながら、弁慶は彼女の髪を一筋掬った。



「ここで何を考えていたんですか?」

「や、あの‥‥」

「‥‥‥‥ああ。去年のことですか?」

「‥‥‥‥‥‥っ!!」



去年
神泉苑


それが示すのはたった一つ。


案の定図星だったようで、湯気が噴き出すのでは、と疑う位に真っ赤になっていた。




「私、キス‥‥く、口接けも弁慶さんが初めてですから‥‥‥し、神泉苑で」

「‥‥ああ、そうか。君は知らないんですね。本当は初めて出会った日なんですよ」

「‥‥‥‥え?」

「君は深く眠っていたけれど‥‥‥もっとも、薬を飲ませる為ですが。ほんの少し、君の柔らかい唇に長く触れたのは、言わば役得でしょう?」

「‥‥‥‥え、えええっ!?」



思いっきり狼狽する彼女に対し、弁慶は憎いほど優雅に笑った。


(嘘だ、有り得ないよ‥‥‥‥‥‥いや、待てよ)


ふと、初めて京に来た時を思い出した。




夢現で唇に感じた、暖かくて安心できたあの感触は‥‥‥?




弁慶の指が顎を捉える。
顔を上げさせれば、ゆきは潤んだ眼で見上げた。



「覚えてないのは辛いでしょう‥‥再現しませんか?」

「‥‥‥‥‥‥はい」



目を閉じると、感じる唇。

温もりに包まれる。

愛しい温もりはあの時からずっと、ここにあった。



いつも、いつも。


  


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