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‥‥‥桜の蕾が綻ぶ。

風が、柔らかな暖かさを孕んで頬を撫でる。
ほんの少し悪戯心があるのか、春風はその場にいる大勢の髪をぐしゃぐしゃと掻き回していった。






頼朝の供として神泉苑に来た景時は、和議が無事に締結する様を主の背後で見届けた。



院を挟んで頼朝に対するのは、若き青年。

真実の程は分からないが「病床に就いている」らしい清盛。
その代理でやって来たのは平家の総領だと言う。



「よぉ、久し振りだな!」

「‥‥‥‥ま、将臣くん!?あの還内府が将臣くん〜!?」



和議が始まる前にこちらを見て、ニヤニヤ笑う八葉の一人‥‥‥彼の姿を見て腰を抜かしそうになったが。


将臣が平家の人間だとは薄々気付いていた。

時々しか同行しない事。
彼との別れ際に浮かべる、ある少女の心配そうな眼などから。



もちろん九郎は気付いていなかった。
だが、弁慶やヒノエ辺りも同様の察しは付けていたのだろう。
ただそれでも、流石に平家を統べる存在とまでは思わなかった。


清盛の長子であり早逝し、そして平家の為に黄泉還ったと言う、かの有名な総領が彼だとは。




「俺も、景時が軍奉行で弁慶が軍師で、ついでに九郎があの源九郎義経だとは思わなかったぜ?」

「ついでにとは何だ。だが、まぁ‥‥‥こんな所で会うとはな」

「九郎の言う通りですよ。僕もこんな場所で君に会うとは思ってもみませんでしたから」

「‥‥‥よく言うぜ」



ぼそっと呟く将臣に、クスクス笑う弁慶。
二人の間に火花が見えた気がして、景時は慌てて明後日の方向を見た。






(皆が笑っていられる世界が、来るといい)



将臣がどうやって、あの清盛を丸め込んだのかは分からない。


‥‥だが、彼ならば。


将臣ならば、よりよい未来の為、和議の最中に何か策を講じる事もないだろう。
微かに脳裏にもたげた不安が解消されて、景時は心底安堵した。
















不敵に笑いながら調印する平家の還内府と、表情の読み取れない源氏の棟梁が、彼ららしいと言えばらしかった。


後白河院が無事に和議が締結された事を高らかに告げると、詰め掛けた大勢の民から一斉に歓声が沸き起こる。




戦は当分、訪れないだろう。

還内府が‥‥‥将臣が、そして九郎がいるのだから。

景時の眼が涙で滲んだ。













「景時さん!」

「‥‥‥えっ!?ゆきちゃんっ!?」


‥もう二度と顔向け出来ない。

そう諦めていた景時は、当の本人が自分に向かって笑顔で走って来るのが信じられなかった。

腕に抱き付いて来る事も。


「や、あの、ゆきちゃん!?」

「景時さん!お帰りなさい!!」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥は?」



ゆきを拉致して政子のいる鎌倉に連れて行ったのは、他でもない自分。

許されない事だと思っていたのに。





お帰りなさい。



そう言われた事が信じられないでいた。



「‥‥‥ゆきちゃん、オレ‥」

「やだな景時さん。変な顔して」

「へ、変な顔!?オレ変な顔してるかな?」

「ぷっ‥‥‥‥お帰りなさい、景時さん」



その笑顔が暗に、許すと告げてくれていたから。



「‥‥‥ゆきちゃんっ!!」

「うわっ」


景時は胸が一杯になって、その勢いでゆきをぎゅっと抱き締めた。

朔より小さな身体は腕の中にすっぽりと収まって、妙に安心する。
意識のない彼女を抱いていた時よりも、ずっと暖かく柔らかい心地よさ。
景時は眼を閉じた。



(‥‥今さら気付くなんて、ゆきちゃんの事言えない位に鈍いね、オレも)


たった今気付いた想いは、自分の胸に秘める。
きっと永遠に、口にすることはない。


こんな所を「彼」に見つかれば、きっとただじゃ置かないだろう。



(でも、もう少しだけ)



あと少しだけ。
こうしていれば、彼女が無事だったと実感できるから。


 



 


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