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Last ACT.大地の陽
ゆきを抱いて鎌倉入りを果たしたあの日のこと。
主の元に行くよう政子に命じられた景時は、それから程なくして一通の文を受け取った。
主の許可を得て一読すれば、それは政子の消息文。
突如として現れた文を見ても平然を崩さぬ主を、あれから必死で説得をしたのだ。
そう、幾昼夜も掛けて。
文が来るより少し前に、後白河院より宣された『和議』の締結。
‥‥‥和議を結ぶようにと。
幾日も費やして説得し続けた。
景時宛の文に書かれていたのは、ふたつの事柄。
政子に宿りし神の消失。
そして次の依坐にと狙われていた陰陽師の少女が、彼女のままであること。
それは、頼朝の最強の切り札‥‥‥景時が最も恐れていた、茶吉尼天と言う異国の神の存在が消えた事を意味していた。
文を飛ばしたのは旧知の友、土御門見郁章。
彼の気に入る式神がもたらす知らせだから尚更、事実を告げていると信頼出来た。
公にはなっていないが、ゆきに引けを取らぬ程の力を持つ彼のこと。
彼にかかわる事柄の、その全てを見通しているのではないかと、常々思っていたから。
今回のことで、より強く、景時は確信した。
‥‥‥もうすぐ、京の町並みが見えるだろう。
最後に見たのは雪景色だった懐かしき地。
今では春の色を呈していた。
「景時、青い顔してどうしたんですか?」
「い、いや〜!何でもないよ!」
「そう言われると確かに顔色が悪いな。兄上のことは俺に任せて、どこかで休んで来るか?」
景時、九郎、弁慶とそれぞれ馬首を並べての道中。
心底心配そうな九郎の言葉にふと見れば、彼の奥で冷たく弁慶の眼が光った。
(こ、怖い!!)
絶対零度の視線に若干震え上がれば、「無理ではないのか?土色だぞ!?」とさらに心配な眼をされる。
仕方ないとはいえ、やはりこの軍師の態度は痛かった。
『彼女自身が君を許すのなら、僕は何も言いませんよ』
弁慶達が気を失ったままの政子を抱いて鎌倉に来た夜に、こっそりと囁かれた一言。
彼女とはゆきのこと。
許すか否かは、命令とはいえ弁慶すら出し抜いてゆきを鎌倉に連れて行ったことだろう。
(ゆきちゃんに合わせる顔なんかないのに)
自分は、家族と思っていた少女を主に売ったのに。
「だ、大丈夫だよ九郎〜。もうすぐ着くし」
「そうか?ならいいんだが」
鎌倉御所様ご一行としての京入りなので、護衛の兵も多く、ちょっとした見世物のようになっていた。
‥‥‥いや見世物のように、ではなく、実際見世物だが。
頼朝は真ん中で一番立派な栗葦毛の馬に、源氏の象徴である、絹織りの白地に笹竜胆をあしらった鞍に跨っている。
その姿は威風堂々。
さらに京では名高い九郎義経や梶原景時、武蔵坊弁慶を従えている。
それらが、まさしく源頼朝こそが源氏の御大将であると、京の民に知らしめた。
和議の為に、源氏の頭領がやってきたのだと。
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