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政子の身体からゆらりと立ち上ぼり始めた光。
今なら分かる。
これが恐怖を引き起こしていたものの正体だと。
(‥‥‥後は自分の中に閉じ込めて、出られなくして、それから‥‥‥)
覚悟して眼を閉じた。
けれど、ゆきに襲いかかったのは、想像していたものとは違った。
「ギャァァァ!!」
(‥‥‥‥?)
身体の内を浸食していく感覚かな、と思っていたのに、何故か獣の咆哮のような声がした。
そして自分にぶつかる何か。
それはまるで、強く抱き締められているような‥‥‥。
と同時に、耳元で優しい声がした。
「そんな事を許すはずがないでしょう?」
「‥へ?」
全くの予想外に驚いて、眼を開ける。
「何するんですか!?危ないから退いて下さい!!」
何故自分は、弁慶に抱き締められているんだろう?
彼は動けないはずなのに。
束縛も結界も確かな手応えを感じたのに。
危ないからと叫んでも、腕を解こうとしてくれない。
それどころか後ろから、益々強く抱き締められて、ゆきは息苦しさを覚えた。
「聞いてますか!?危ないから退いて!!」
「そして僕に、君を失えと言うんですか?」
「―――っ!?何でそれをっ‥‥‥」
後ろを振り返ると、弁慶の顔をまじまじと見つめた。
彼の眼がとてつもなく怒っている様に感じる。
「君一人に全てを背負わせるつもりはありません」
「だけどっ!このままだと!!」
‥‥‥弁慶が、望美が。
上手く言えない代わりに、涙がポロポロと零れてきた。
「私は‥‥‥私は!!こんな形で生かされても嬉しくなんかないよっ!!」
望美や白龍、そして沢山の人の平和と引き換えにされたくない。
そんなことをしても意味がないと、伝えたいのに。
‥‥‥時間がない。
振りほどこうともがいても、がっちりと腕が絡み付いて動けない。
「お願い!離して!!」
‥‥‥焦りだけが積み重なる。
いっそもう一度、ここで束縛を掛け直そうか。
手印を結ぼうとしてふと視線を上げて、ゆきは絶句した。
「え?‥‥‥なに、これ」
言葉に詰まるのは信じられないから。
さっきの光はなく、代わりに蹲る政子。
唸るその身体には深々と短剣が刺さっていた。
「それって‥‥え?」
そして自分は、政子を傷付けている短剣の、力の波動をよく知っている。
(‥‥あの神気‥‥‥熊野!?)
あの形も感じる力も間違いなく、以前ヒノエから託されたもの。
熊野の神の祝福を受けた、聖なる力を感じる。
投げたのは恐らく自分を捉える彼。
それならば、納得が出来る。
ゆきが掛けた束縛呪が、神気の前では意味を成さないと。
だから、短刀を持っていた彼は動けるのだと。
だけど、短刀は現在もゆきの懐にあるのに、どうして‥‥‥。
疑問で固まる彼女をもう一度強く抱き寄せて、背後から弁慶が囁く。
「僕は、君の手を‥‥‥君を、もう二度と離さない」
低く、切なくなるほどの想いを感じた。
一瞬、聞き間違ったと思う程に小さな声を。
「‥‥え?」
「弁慶さん!」
「ええ、分かっていますよ望美さん。ゆき、早くみんなの束縛を解いて下さい」
「え?え?‥‥‥え?」
「話は後です、早く」
「は、はい!」
弁慶の迫力に負けてコクコク頷き、手で印を結び九字を唱えた。
さっぱり訳が分からないまま、けれど後ろからの心地よい拘束が、力を与えてくれる。
「‥‥‥皆さん動けますね?」
「ええ、問題ありません」
譲が頷く。
横で、九郎が傷だらけの身体を起こす。
「‥‥‥弁慶、これは一体どういう事なんだ?」
「話は後で、九郎」
「なんであんたがアレを持ってたのかも気になるけど‥‥‥ま、後だね」
「‥‥‥その様だ」
ヒノエに頷く敦盛が、武器の杖を構えた。
ゆらりと立ち上がる妖艶な女に向かって。
「‥‥‥人の身で、よくも‥‥‥」
熊野の神の力は相当だったのか、ようやく政子の力が短刀を消滅させた時には、彼女の力はその大半を喪っていた。
立ち上がったその顔は、夜叉の如く。
憎悪を隠し切れずに弁慶を睨み付ける。
「よくも‥‥‥私の、邪魔をっ‥‥弁慶!!」
「邪魔するよ!今度こそゆきちゃんをあなたから守るんだから!!」
政子の視線からゆきを庇う様に立って、望美は高らかに告げた。
「お願い!みんな、力を貸して!!」
「うん、神子の願いは私の願いだから」
「お前の望むままに――」
「姫君のお願いなら聞かない訳に行かないね」
「ああ、私も力を貸そう‥‥‥」
「しかし‥」
意気揚々と頷く彼らの中で、まだ踏み切れない政子の義弟。
そんな彼にちら、と視線を投げ掛けて、弁慶は淡々と話した。
「九郎、僕達が戦うのは政子様ではありません。政子様の中にいる、禍々しい存在です」
「そうです!九郎さん、お願いします!!」
「望美、だが‥‥‥‥‥‥‥‥‥分かった」
九郎が刀を抜き正眼に構える。
「―――行くよ!みんな!」
傷だらけで、服も所々が裂けていて。
それでも再び立ち向かう顔には意思の強さが窺えた。
「わ、たし‥‥」
「‥‥‥‥‥‥ゆき」
不意に拘束が解けた。
望美の横、ゆきを庇うように立って、振り返る。
眩しいまでの笑顔を浮かべて。
「君は僕が守ります‥‥‥一生をかけて」
ふふっと笑うと前を向いて
長刀を構えた。
ACT43.抱き締めた温もり
20080310
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