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「白龍の神子の元へ」



願った瞬間、天狗は彼女を両腕で抱えて飛び立った。



(う‥‥‥‥‥うわぁぁぁ!!)


考えられない速度で一気に空を滑る。
ぐん、と空を掴むように羽ばたく躍動は、栗色の眼に美しく映った。
けれど、真冬の寒さと身を切るような寒風は拷問のような厳しさ。
耳には風の切る音が、うるさくて仕方ない。

‥‥‥寒くて、思考が曖昧になってくる。



「着いたぞ」

「‥‥‥あ‥」



唐突に風が緩むと、さっきまで聞こえなかった羽根を波打たせる音がした。



「‥ありがとう」



そっと下ろして貰うと、地面に付いた足が頼りない。

頭がぼうっとしてるのか、ふらふらする彼女を見ると天狗は眼を微かに和ませた。
そのまま何処から出したのか、手に持つものをゆきに手渡す。



「‥‥‥娘、お前の師から預かっている」

「これっ‥‥!?」



それは一枚の札。

手に取り紋様を眺めて‥‥‥ゆきは絶句した。



(ああ、師匠は分かっているんだ、全部)



今から自分の取りたい行動も、きっとお見通し。
その上できっとこの札を渡すということは、彼女の覚悟をそっと後押ししてくれているのだろう。



(師匠‥‥‥ありがとう)



札をギュッと抱き締めると、仄かに暖かい気がした。



「では、失礼する」

「ありがとう!」



再び礼を言うと、蒼白色の翼を持つ天狗は小さく眼を緩めて、今度こそ飛び立った。

姿が消えるのを見送りたいけれど、時間がない。
代わりに眼を閉じて札を抱き締めた。

呪言を唱え始めればキラキラと柔らかく小さな光がゆきを取り巻き、彼女の中に消えていく。



この札は、きっと師匠が描いた中でも最高の類になるだろう。

五芒星をモチーフに精緻な紋様の描かれたそれから感じるのは、強い波動。



「‥‥‥よし」



これで、自分の中に強固な結界を張る事が出来た。



「急がなきゃ」



そして禍々しい気を感じる、あの小屋を目指す。
















微かに血臭がする。
動こうとするものの、全身に激しい打撲と裂傷を負っている八葉達は、さっきから誰も動かない。

弁慶がこの場に来て、まだほんの少ししか時は経っていない。

今の段階で応戦したくとも、する訳にいかなかった。
それは望美も同じ。
動く気配が全くなかった事が彼女の考えを裏付ける。


「そろそろ終わりに致しましょう。白龍の神子と八葉、それに力の欠けた白龍‥‥‥纏めて消えるのも良いわね。張り合いがなくて詰まりませんもの」


政子が嘲笑うかのように言葉を紡ぐ。



そして



「‥‥‥ダメだよ!!」





凛とした声が響く。





もう二度と喪わないと固く誓った、

ゆきの声。




差し込む陽光を背に受けて砂塵が舞う中現れた彼女は、強い眼差しをしていた。

思えばこの時、既に覚悟を決めていたのだろう。
自分が犠牲になるつもりだったのだ。
そう思うといじらしさに抱き締めたくなる。




彼女は入ってきてすぐに札をかざし、小さな声で何か唱えた。


このすぐ後に、身体が動かなくなっていたのを思い出した弁慶は、来たるべき束縛に身構える。



「うっ‥‥」

「‥‥‥な、に?」



驚く声がちらっと聞こえる。
同時に呻くそれも。


前回のような圧迫は感じないが、恐らく術が掛かったのだろう。

これから自分はどう動くべきか、動けないのは不便だと思い‥‥‥‥‥‥はたと気付いた。



(‥‥‥身体が、動く‥‥?)



指先がぴくりと動き、次いで手を持ち上げると普通に動く。



(なるほど‥‥‥ヒノエに感謝しなければなりませんね)


動けるならば話は早い。



「来てくださると思っていましたわ」

「皆に手を出すなんて、許さない」

「‥‥‥お嬢さん、私が欲しいのはあなた。あなたさえ手に入れば、弁慶殿達から今すぐ手を引きます」

「ゆき!!」



名を呼ぶと振り返ってくる。
目が合えばゆきは微かに笑った。


『ありがとう』


唇の動きだけで告げるそれが感謝の言葉だと気付き、弁慶は唇を噛み締める。

どんな覚悟でその言葉を口にしたのか。
謝罪でも愛の言葉でもなく、ありがとうと告げる彼女の真意が。







「政子さん、条件をのむよ。だから約束を今度こそ守って」

「お嬢さんならそう答えてくれると思っていましたわ」



(‥‥‥‥来た)


政子からゆらりと立ち上ぼる煙にも似た光。

その光はゆっくりとゆきの元に向かい、進んでゆく。


  


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