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弁慶が再び、ゆきの身体を抱き締めるのを望美は見ていた。
きつくきつく、抱き締めて。
もう温もりが消えたであろう唇に、自らのそれを重ねているのを。



(‥‥‥嘆いている場合じゃないんだ)



今度こそ、幸せになって欲しいから。
望美は淡く輝き始めた逆鱗をぐっと握り締めた。



「神子、行くのだな」


気配を察知したリズヴァーンが問う。
静かに頷くと、胸元で出番を待つかのように淡く輝きを放つ逆鱗を握り締めた。



「待って下さい」



今までとは違う弁慶の声がしたのはその時のこと。

顔を上げた望美が見たのは、揺るぎない弁慶の、強い眼差し。








「僕を、連れて行って下さい」

「‥‥‥え?」

「時空を超えてゆきに会いに行くのなら、僕も連れて行って欲しい」

「弁慶さん」



何を言ってるのか分からない、といった風情の望美の前で、弁慶は小さく笑った。

それがさっき自分が浮かべた物と同種の、自嘲の笑みに見える。




「‥‥‥お恥ずかしい話ですが、何度繰り返しても僕は気付かないでしょうね」

「‥‥‥‥‥」

「‥‥‥‥そう、僕はきっと何度でも繰り返してしまう。失うまで、簡単な事にすら気付かないでしょう。
君が見て来た多くの時空の僕が、そうだったように」

「‥‥‥‥‥‥」





守りたいならずっと側にいるべきだと。








「もう、ゆきを離しません。何があっても僕が側で守ります。
だから君の力で僕も連れて行ってください」

「‥‥‥‥‥‥行け、弁慶」

「九郎」

「ここじゃない時空で、ゆきを‥‥俺の妹を頼む」



そう言いながら彼は、ゆきを抱き取った。




「大丈夫。二人位ならば何とかなるよ、神子」

「白龍‥‥‥ありがとう」

「うん。こっちは任せて」















白龍の言葉を最後まで聞く前に、その輪郭がぼやけてきた。



弁慶が身体を見下ろすと、白く輝いていた。



「弁慶!」

「‥!?ヒノエ!!」



呼ばれた事に驚いて思わず顔を上げれば、普段は自分の名前を意地でも呼ばない彼が、ゆきの懐に手を突っ込んでいた。



「ヒノエ殿!?」

「悪い、朔ちゃん。今は見逃してよ」



驚きと怒りから荒げた声を無視して、更に非難する朔に謝る。
ヒノエは「やっぱり」とホッとした表情を見せた。



「本当はあんたなんかに渡したくもないけどね。持っていきな」



‥‥‥もし彼女が生きていたら平手打ちの刑間違いなし。
そんな大胆なことをやってのけたヒノエは、白光を放つ叔父に「それ」を投げた。



受け取ると、懐かしい息吹を感じる。













「行きましょう、弁慶さん!今度こそ‥」

「ええ、今度こそ」



逆鱗を握る望美と手を取り目を瞑った。





















胸の内で声がする。

あの夜聞き取れなかった言葉が今、形作られて。




『あなたを愛しいと思った事、後悔なんてしない』




それはどんな言葉よりも輝いていた。














会いに行く




今度こそ
その手を離さない為に










‥‥‥‥‥‥ゆき










ACT42.陽だまり


20080306
 


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