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「大丈夫ですよ。君達に迷惑をかけるつもりはありませんから」

「なっ‥‥‥!弁慶っ!お前は馬鹿かっ!!」




九郎は激しい怒りを覚えて、ゆきを抱え座ったままの弁慶の胸倉を掴みあげた。
視線をそらさない弁慶の眼に力がなく、九郎は居たたまれなくなり腕を降ろした。

ただ、掴んだ手だけは離さない。離せば消えると思っているのか。





泣き崩れている朔の声だけが響く空間の中、望美は静かに弁慶を見つめた。
しばらくじっと見て、望美は口を開く。



「いい加減にして下さい‥‥‥‥もう、いや」

「望美?」

「春日先輩?」



突如、口調の変わった望美に、ヒノエと譲はびっくりする。
望美の眼はすっと冷たくなる。



「――弁慶さん、私が貴方をどんな目で見てたか、知っていますか?」



なぜ、ここでそんな事を言い出すのか。
この場の誰もが疑問に思った。



「知っていましたよ。君は僕を憎んでいた‥‥‥違いますか?」

「‥‥‥‥少し違います。あなたを憎める訳ないじゃないですか」



弁慶さんはいつも、優しかったのに。

続ける望美の表情は、どこか自嘲の笑みにも見えた。



「でも、そうですね‥‥‥許せなかった、ずっと」

「春日先輩?」



くしゃりと望美の顔が歪むのを、皆が静かに見ていた。



「‥‥‥‥何度も、何度もゆきちゃんを傷付けて。何度も、こうやって、守れずに死なせてしまうから。そんな弁慶さんも私も許せない」



そう言って、望美はゆっくりと座った。
弁慶の胸倉を掴んだ姿勢のまま、呆気に取られた九郎の手を、望美はそっと退かせる。


そうして、望美は自らの首に手を回し、胸元から逆鱗を取り出した。



「弁慶さん。政子さん‥‥いえ、政子さんに宿った茶吉尼天が欲しがった白龍の逆鱗には、ただ力があるだけじゃないんですよ」

「‥‥神子」

「ありがとう先生、大丈夫です」



気遣うリズヴァーンの声にそっと感謝を伝え、望美は弁慶の目の前に逆鱗を掲げる。



「この逆鱗は、時を超える力―――時空跳躍の力を持っています」

「時空、跳躍?」




いつの間にか夕暮れになっていた。

半壊した扉から射し込む朱色の光が、望美が手に掲げた逆鱗をキラキラと輝かせている。




「私は、運命を変える為に何度も逆鱗の力を使いました。皆の運命を救いたかったから」

「‥‥‥春日先輩?‥それって‥‥」

「‥‥沢山の、別れを繰り返しました。沢山の涙も見てきました。本当に辛かった‥‥‥」



運命の一つ、ひとつ。
誰かが辛い定めを背負っていて、死に別れる運命もあった。



時には己の罪を受け止めて。

時には誰かを守るために。



「だけど、運命を繰り返すうちに、死なずに済む道を見つけることが出来て‥‥‥嬉しかった」

「望美さん‥‥」





弁慶を真っ直ぐに捉える望美は、澄んだ眼をしていた。






彼女に初めて会った時からずっと感じていた事が、今わかった。


彼女の強い眼の訳を。
思いつめた眼差しの意味を。


沢山の『別れ』を繰り返して、沢山の死を経験して、
たった一人で全てを背負って生きて来た、揺るぎない強さだった。





「‥‥‥‥‥それでも、何度運命を繰り返しても、ゆきちゃんだけは救えないのっ‥‥‥!!」





語尾はもう、悲痛な叫び声となって聞き取り難くなっていた。


普通なら信じられない告白なのに、誰も疑う者などいない。
それほどに、望美の叫びは痛かった。




「‥‥‥‥」

「ゆきちゃんが陰陽師になったのは、この運命が初めてだった。それまでは、何も出来ない普通の女の子だった」




ぽろぽろと溢れる涙。

それでも必死に言葉を紡ぐ望美を、弁慶は瞬きもせずに見ていた。



「でも‥‥‥‥何回跳んでも、ゆきちゃんは政子さんの手にかかるの」

「義姉上が‥‥‥?」

「ゆきちゃんを助けられる運命なんて、どこにもなかった‥」



九郎の唇が、嘘だ、と刻もうとして噤む。

他ならぬ望美の、慟哭しながらの告白が嘘である訳がないのだ。

それにさっきの政子の言葉が裏付ける。
『ゆきが欲しい』
彼女自ら言っていたではないか。

政子の‥‥‥政子の内からゆきに流れて来た異国の神という存在が。




「いつも不思議だった。何で政子さんはゆきちゃんばかり狙うのかなって‥‥‥まさかこんなに強い力とは知らなかったから」




語尾は嗚咽混じりで聞き取れなかった。



「ゆきちゃんはね、いつも最期に謝ってた。
もっと早く自分のことに気付けば良かったのに、って。私のせいで皆を苦しめてごめんねって‥‥‥これって力の事‥‥った‥‥のかな」

「もういいですよ、春日先輩」



譲が膝を付き、背後から望美の身体を抱き締めた。
縋るように譲の首に腕を回す望美の背を優しく撫でる。

もう限界だと顔を覆って泣きじゃくる望美に、手を伸ばしかけて、弁慶は気付いた。












腕に抱いたままの、冷たい身体に。







この身体が暖かい時に

何度も抱き締めて

何度も傷付けた






ゆきに。




 
  


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