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ただ、君が笑ってくれればいい。

それだけだった。


望んだのはただ一人の幸福。





全てを引き換えにしてもいいと一度ならず願った
これは、その罪がもたらす報いなのか。












ACT42.陽だまり









自らに刃を突き立てた少女は弁慶と眼が合うと、微かに笑った。

満足そうな表情に苦痛の色がない。
恐らく感覚がもう麻痺しているのだろう、と頭の隅で思う。



「いやぁぁぁぁぁぁぁ!」



魂が張り裂けそうな痛い悲鳴が聞こえる。

それはゆきの内から発する声。
恐らくは、さっき政子から彼女に移った意識‥‥‥弁慶が警戒していた存在の上げた声だろう。


身体を動かせる事に気付いた。

さっきまで指一つ動かせなかったのに、不思議と今は自由に動く。



時間がひどく緩慢に流れてゆく感覚。

崩れ落ちるゆきの身体を、受け止めようと走り手を伸ばす。



「‥‥‥っ!」



腕に衝撃。
全身に走る傷が激痛を訴える。

抱き留めた身体はまだ暖かくて、彼女の匂いがした。


‥‥‥こんなに暖かいのに。

胸に刺さったままの刃。


そのすぐ横に耳を当てるも、生命の応える音は‥‥‥途絶えていた。
























「ゆきっ!!‥‥‥ねぇ、嘘でしょう!?」



沈黙を破る様に聞こえた声にヒノエが顔を上げれば、いつの間にかゆきを挟んで弁慶の正面に移動した朔が泣き叫んでいた。
彼女の腕を、肩を擦る動作を繰り返しながら。



「起きて‥‥‥起きなさい、ゆき!」



激しい慟哭の声だけが、この場を占める唯一の音。

ぐるっと周りを見回す。
俯く者、眼を背けている者、唇を噛み締める者‥‥‥。

一様に鎮痛な面持ちをしている。



ヒノエ自身、まだ現状を掴めていない気がしていた。


‥‥‥いや。
これ程冷静なのは、分かっていたからかもしれない。



(‥‥‥これがお前の言っていた『悲しい未来』ってやつかい?)



胸の中で問い掛けながら、望美を見る。

へたり込み、地に手を突くその姿からは、悲しみよりも激しい怒りを感じた。


‥‥‥それもそうだろう。


『信じられないかもしれないけど、私はゆきちゃんの悲しい運命を繰り返さない為にここに来たの』


秘密にしてね、と真剣な表情を浮かべていたのはつい先日のこと。









思えば彼女は最初から謎が多かった。


母親が、元白龍の神子。


白龍の口から語られた事実に納得したのは、初めて会った時に見たゆきの持つ鮮やかな気を覚えているから。
霊力が高い。
そう後に知ったゆきの生み出す術は、ヒノエを魅了するに充分だった。



けれど、いつからか違和感を感じていた。



望美には言わなかったが、それが確信に変わったのは『御守り』を取りに出掛けたあの日、望美の言葉から。



『ゆきちゃんの運命を変えに来たの』





ゆきに迫る危機、と言うものに朧ながら思い至った。
時々感じる違和感が、気のせいではないことに。
ゆきの中に不可解な残り香に似た気配を感じる事に。


それならば、と同様のことを感じていた敦盛と話し合い、ゆきに分からぬ様に手を打ってはみたものの‥‥‥意味がなかったのか。



後悔にも怒りにも似た歯痒さを、じっと堪えて敦盛に目を移した。
項垂れる彼の表情は分からない。
けれど、似た感情を抱いているのだろう。


‥‥自分と。





  


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