(4/5)






室内に入ると同時に、ゆきは札をかざし祝詞を唱えた。

呪符から生み出される淡い光が一面に広がり、安定して消えた。


満身創痍の彼らに結界が張られたのだ。



「来てくださると思っていましたわ」

「皆に手を出すなんて、許さない」



怒りを露にしながら、キラキラと眼を光らせていたのは、ここに居ないはずのゆきだった。



「‥‥‥お嬢さん、私が欲しいのはあなた。あなたさえ手に入れば、弁慶殿達から今すぐ手を引きます」

「ゆき!!」



弁慶の制止する声が、背後から聞こえた。
思わず振り向くと、全身を朱に染めて、それでも彼女を引きとめようと。



その眼がとても必死で
だからゆきは‥‥‥漸く気付いた。



(私は‥‥‥愛されて、いたんだ。ずっと)



弁慶が世界とゆきを天秤にかけたのは、愛していたから所以だと。









『僕が君を守りますから』


(初めて会った時のあの言葉は、ずっと弁慶さんの胸の中にあったんだ‥‥‥)





涙が出そうになった。
愛しくて、愛しくて、嬉しくて。


時々強引で、いつも振り回されて、
けれどいつも大切な時に傍に居てくれた。

抱き締めてくれた腕はいつも熱かった。





愛されていた。

彼の夢と引き換えにしてもいいと、思ってくれる程に。




(‥‥‥ありがとう)




彼に言葉をかけるときっと泣くから、唇の動きだけで告げる。



「‥‥ゆきっ!」



結界は暫く効力を持つだろう。
師匠に用意してもらった呪符は最強のもので、これに九字を織り込んだ結界ならきっと大丈夫なはずだ。



「政子さん、条件をのむよ。だから約束を今度こそ守って」



政子の眼を真正面に捉えると、しっかり頷いた。



「お嬢さんならそう答えてくれると思っていましたわ」



満足げに頷くと、政子の姿がゆらりと「ぶれる」。
そのまま光の塊が彼女の頭から抜け出ると、ゆきの頭上に真っ直ぐ飛んだ。



「ゆき!駄目だ!」



耳に聞こえるのは、弁慶が必死に自分の名を呼んでくれる声だけ。

彼の声だけが鮮明に聞こえるのを嬉しく思いながら、ゆきは眼を閉じた。



政子の‥‥‥いや、彼女の内にあった「意識」が、体内に入り込むのがわかった。


見知らぬ、けれど禍々しい神。




全ては、三草山で出会った彼女の身体を、次の依坐と見初めたことから始まった、それは執拗な罠だった。






最早自分の意思が侵食されるまで、間がない。



(今だ!!)



不意をついた一瞬で、ゆきはさっきから狙っていたものに狙いを定めて跳んだ。
手に触れたそれを、しっかりと掴む。



『なにを‥‥‥あなたの身もただじゃおかないのよ!?』



内から声がする。
そろそろ身体が言うことを聞かなくなってきたようだ。

乗っ取られる感覚が、気持ち悪い。



 


BACK
栞を挟む
×
- ナノ -