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「弁慶!!お前は何を‥‥‥!?」

「政子さんっ‥‥!?」



突き立てたはずの刃は、けれど皮一枚傷つける事無く、床に落ちた。

有り得ない出来事に、その場の空気は凍りつく。



「やっぱりね。前々からあんたはただの人間ではないと思っていたぜ、神気を纏った政子様?」



赤髪の少年が肩を竦めて、重い口を開く。

そんな甥に、弁慶は感心していた。
流石は熊野の神職。
‥‥‥熊野本宮の長を務めるだけあって、神気には敏感に反応する。



「君は気付いていると思っていましたよ、ヒノエ」

「な、何なんですか?」

「‥‥‥譲殿。彼女は人ではない」

「‥‥‥‥‥何‥?だったら何だと言うんだ‥‥‥」



一瞬、意味が分からなくてぽかんとする。
ははは、と乾いた笑いを浮かべ、譲は敦盛に問い返した。

彼に答える暇もなく、敦盛は政子を見る。
その正体を掴もうと必死に目を凝らして。



「弁慶殿。その様な事でこの私が傷つくと思って?」

「いいえ‥‥‥けれど、あなたが彼女を手の内に捕らえなければ、こんな事もしませんでした」

「大人しく従っていたと?」

「ええ」



動揺の一かけらも見せずに弁慶は頷く。


‥‥‥何を従うつもりだったのか。


浮かんだ疑問に答えるのは、甲高い声で笑う政子だった。



「うふふ。白龍の神子のお嬢さん。あなたの命とその逆鱗。弁慶殿が狙っていたなんて、ご存知かしら?」

「‥‥‥え?」

「私と取り引きしておりましたの。陰陽師のお嬢さんに手を出さない代わりに、京の平和すら引き換えるおつもりでしたのよ」

「弁慶さん‥‥‥」

「‥‥‥‥‥‥泣かせるお話だと思いませんこと?」



(弁慶さんが、ゆきちゃんの為に‥‥‥)



ただ一人の為に、全てを捨てようとしていたと言うのか。




望美は座り込んだままただ呆然と、政子の言葉を反芻した。


政子が先に裏切りゆきを鎌倉へ連れて来なければ、或いは確実に自分の命は奪われていたのかもしれないのに。


‥‥‥望美は、弁慶に怒りなど感じなかった。








「ですが、この私に刃を向けるなどと‥‥‥謀反と捉えて宜しくて?ねぇ、九郎?」

「‥‥‥政子様」



言葉に詰まる九郎に、けれど答えを求めていない。

クスクス笑う姿は幼女の様に純真にも、
妖婦の様に艶めかしくも見えた。


ゆらり、と広がる波打つ髪が、光る眼が‥‥‥妖しいまでに雰囲気を変える。



「九郎、神子、抜きなさい」

「せ、んせ‥?」

「はい。九郎さん!」



リズヴァーンの一言で、戦闘態勢に入った。


じわじわと。
あたりに、黒い闇の気が流れてくる。


発生源は政子。

そして、彼女は歪んだ笑みを浮かべた。



「お逝きなさいな」



とうとうその正体を現した彼女は、ゆらりと眼を和ませる。














「!」



弁慶の全身を、無数の毒蛾が襲う。

落雷の様な衝撃に、為す術もなく膝をついた。


その間を縫って、リズヴァーンと敦盛が同時に両側から攻撃を繰り出す。

更に望美も正面から。


けれど、赤子の手を捻る様に簡単に、政子は彼らを薙払った。

触れる事もせずにただ手で払うだけで、面白い程に彼らの身体が後方の壁に打ち付けられる。











長い間一方的に嬲られている気がした。

既に望美の身体はあちこちから出血し、全身は強打のせいで上手く言葉すら紡げない。



「‥‥‥っ!!」

「一体、何なの‥‥」



その中でただ一人、優雅に佇む政子は、クスクス笑った。




永遠にも思われた時間。
‥‥‥けれど、唐突に終わりが来る。

引き起こした当人の口から、終焉を告げられた。



「そろそろ終わりに致しましょう。白龍の神子と八葉、それに力の欠けた白龍‥‥‥纏めて消えるのも良いわね」



張り合いがなくて詰まりませんもの。

嘲笑うかのように紡がれた声に答えたのは、外から飛び込んで来た者。



「‥‥‥ダメだよ!!」




札を片手にもうもうと塵の舞う小屋に、息を切らしたゆきが入ってきた。



 


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