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『‥‥‥て』

『‥‥‥きて‥‥起きて、ゆきちゃん』


懐かしい声に、ぱっちり眼を開けると、そこは自分の部屋のベッドだった。
柔らかい寝心地が随分懐かしく感じる。


「どうしたの?悪い夢でも見たのかな?」

「お母さん?なんで‥‥」


優しい笑い声にはっと気付くと、いつの間にか枕元に母の姿があった。
眼を見開きながら飛び起きた娘を見て、母のあかねはふふっと笑う。


「やだ、なぁに?変な顔しちゃって。せっかく可愛く生んであげたのに、台無しだよ?」

「お、母さん‥‥?ほんとに‥‥」

「‥‥‥‥うん。久しぶり、かな?会いたかったよゆきちゃん」



優しい言葉に、ぶわっと涙が溢れた。
記憶のままに思い描いていた母が此処にいる。

涙で視界が滲んだ時、スプリングがぎしっと音を立てる。
隣に座った母の、優しい腕を感じた。


「‥‥よく、頑張ってるね」

「おかあさん‥‥」



抱き締められると、ゆきも縋る様に抱き返した。
泣きたいのに、涙が溢れるのに、喉が詰まっている。



‥‥‥何もかも忘れて母に甘えたいと、一瞬だけ願ってしまいそうになるけれど。






それよりも気に掛かることがある。

失えない、大切な人がいるのだ。






それでもぎゅっと腕に力が籠もる、その温もりが嬉しかった。



「あかね。時間がない」

「‥‥‥お父さん?」


腕から身を起こせば、やはりいつの間にか父の‥‥‥安倍泰明の姿が。


(‥‥‥え?え?夢だよね?)



だって、父も母ももう会えないって「知っている」。


二人の最期を、自分に置かれた現状を
あの人のことも全て、覚えたままだから。




「‥‥‥此処はお前の自我が逃げ出した、夢路の世界。お前は呪の苦痛に耐えかねて、此処まで来た」

「呪‥‥‥あっ」


意識を失う寸前の、落雷のような衝撃。

思い出し苦痛に顔を歪めるゆきに泰明も僅かに顔を顰める。
それから時間を惜しむように淡々と言葉を紡いだ。


「‥‥‥眼覚めた時、式を呼ぶと良い。お前の師匠が術を施している」

「‥‥師匠が」

「師匠さんね、ゆきちゃんの事心配してくれたの」

「ああ。影で手回しする辺りは、昔のお師匠と変わらずだが」

「お父さん、師匠は」


必死に言葉を紡ごうとするけれど。
皆まで言わずとも解っている、と優しく眼を緩めて泰明が頷いた。




‥‥いっぱい、いっぱい
話したい事があるのに。
こんな時でなかったら、もっとゆっくり夢に浸れたのに。





「もう、行かなきゃ」




引き戻される感覚。
焦りと切なさを抱きながら、ゆきは必死になって手を伸ばして、二人を呼んだ。


「お父さんっ!お母さんっ!!」




「ゆき、ずっとお前を見ている」

「愛しているよ、ゆきちゃん」




泣きそうなほどに嬉しい言葉。



「‥‥お、父さん!!お母さん!!」



伝えたい。

もう二度と会えないから、
どんなに望んでも。




「──ありがとうっ!!」





時空を超えて愛し合ってくれて

私を生んでくれて

愛してくれて

そして、最期に護ってくれて

二人の娘で良かった、と感謝を込めて叫んだ。













透けてゆく両親の身体

眼差しはとても優しかった。




 


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