(3/5)
「私がここに来たら弁慶さんを解放する、って約束したじゃない!!」
そう。
『弁慶に下した命を引き下げる事』
それが、政子と約束した条件。
だからゆきは、政子の望むまま景時に抵抗なんかしなかったのに。
こうしてやって来たのに。
『頼朝を守護する陰陽師がほしいから』なんて口実は、端から本気にはしていなかった。
本気で護りたいなら政子一人で充分。
ゆきなど一介の陰陽師などより、ずっと強力な力を感じるのだ。
取り引きを持ち掛けてまでゆきを呼ぶには理由があるはず。
何が目的か分からないのは怖いけど、よかった。
彼の為に出来る事があるなら、それでいいと覚悟していたのに。
「‥‥‥今すぐ弁慶さんを解放して」
「あらあら。これも弁慶殿が自ら選んだ事なのに」
「そんな訳ないでしょう!!あなたが命じなきゃ、こんなふざけた話を弁慶さんが信じる筈はない!!」
声が、怒りで震えているのが分かる。
「仰る通り、弁慶殿は信じてなどおりませんわ」
「え‥‥‥?」
(信じてないなら何で、この人の言うことを聞いてるの?)
「まだお分かりにならないのかしら?‥‥‥お嬢さん、弁慶殿を必死にさせているのは、あなたの為ですのよ」
「‥は?」
「弁慶殿はね、私や鎌倉殿があなたに手を出さない代わりに、白龍の神子の命を奪ってきてくれるんですって。それほどに大切なのね、あなたが」
‥‥‥‥‥‥笑う政子の前で、ゆきは固まった。
「‥‥‥嘘。弁慶さんはそんな事しない」
有り得ない。
京に住む人を誰よりも案じていた弁慶が。
たった一人の為に動くなど、絶対に有り得ない。
「‥‥‥当のお嬢さんが疑うなんて報われませんわね。けれど、これは真実‥‥‥‥神子がいなくなって全てが滅びるよりも、あなたを選んだの」
「嘘‥‥‥」
「そうでなければあの弁慶殿が、こんな話を真に受ける筈がありませんわ」
「‥‥‥‥‥‥」
(‥‥‥‥‥‥そんなはず、ない)
ゆきの為だなんて、意味が分からない。
(それじゃあまるで、私のことを‥‥‥)
「‥‥‥‥‥‥そろそろこちらに来たようですわね」
愕然としたままのゆきに満足そうな顔をして、政子は彼女を抱き締めた。
「‥‥‥お嬢さんは此処でお待ちになって下さいな。
私が必要なのは、あなた」
華奢な肩が、びくっと震えるのを感じて。
政子は鈴を転がす様に笑った。
「あなたの全てを私に頂戴」
「‥‥い、やぁぁっ!!」
ゆきの額に唇を落とすと、そこから電流が走る。
気を失った身体は力なく崩れ落ちた。
「やっと、巡り会えた‥‥愛しい子」
褥に少女を横たえると、政子は愛しそうに頬を撫でた。
成熟には幾分早い瑞々しい肌は、愛しくて壊したくなる。
「待たせてしまうわけには参りませんわ」
立ち上がると、意識を遥かに飛ばす。
身体が着いてくる感覚を覚えると、政子の姿はその場になかった。
前 次