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「お願いっ!もっと飛ばして!!」
「‥‥‥喧しい娘だな」
ゆきの身体を抱く腕は強く、
滑る様に空を羽ばたくのは、巨大な翼。
異形の羽を持つ鞍馬山に住む妖は、今は鎌倉の空を飛んでいた。
「ごめんなさい!でも‥‥」
焦りを隠せない少女の声。
応える代わりに、小さく喉を鳴らす。
そして蒼白の翼を大きく一漕ぎし、ぐん、と速度を上げた。
彼女が師匠と呼ぶ青年との、契約のもとに。
切実なるゆきの、願いのままに。
ACT40.夢路の邂逅
ゆきと景時が向かった先は、鎌倉だと言う。
何故二人が鎌倉に向かったのか分からないし、一体弁慶の言う「時間がない」が何を指すのかも分からない。
リズヴァーンと相乗りしている馬上で、望美は何度目か分からない溜め息を吐いた。
それにしても、こんなに静かなのは弁慶らしくない。
以前、熊野に旅した時を考えると、その差は歴然。
あの時は‥‥‥いやいつでも彼は周りの、特に体力のない朔やゆきの様子に気を配っていたのに。
けれど、今の彼に漂うのは沈黙。
聞きたくとも訊ねられない雰囲気。
そして望美自身も、予感がしていた。
鎌倉に通過しても弁慶は馬を止める様子もない。
てっきり鎌倉御所に向かうと思っていたのに、わざわざ迂回して、更に東へ進む。
(流石にこうまで秘密主義にされるのも、いい加減にして欲しい)
朝比奈の関を目前に、一番先に我慢の緒が切れたのは九郎だった。
馬を並べると、隣の弁慶を睨む。
「弁慶!お前は何処へ行く気なんだ?」
「‥‥‥ああ、すみません。もう着きます」
そう謝って馬を止めると、弁慶は後ろを振り返った。
全員が揃っているのを確認して、ふっと笑う。
晴れやかな微笑は女性的な容貌とあいまって、見惚れるほどに美しかった。
「この先に今は使われていない小屋があるんです。昔は平家の間諜が潜伏に使っていたそうですが、鎌倉方に捕われてからは誰も使用してないんですよ」
「そんな場所があったのか?」
「ええ。九郎はあまり鎌倉を訪れることがなかったから知らないでしょうけれど。景時とゆきは恐らくそこに」
「‥‥‥何のために?秘密主義なのもいい加減にして欲しいんだけど」
そうだよな、とヒノエが隣の敦盛に同意を求めると、眼で頷く。
何のために?そして何故弁慶が二人の行方を知っているのか。
ここに来る道中で、疑問は膨らむ一方だ。
弁慶はもう一度笑うと、馬から下りた。
「説明している時間が惜しい。後にして貰えませんか?‥‥こちらです。馬はそこに繋いでください」
関の手前、知る者が見ないと気付かないような目立たぬ獣道を下る。
馬を繋ぐと、鬱蒼と茂る森が日中なのに薄暗さを感じさせた。
「ここからは徒歩で行きましょう。もう、すぐですから」
歩き出した弁慶の足取りは、どこか吹っ切れたように見えた。
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