(4/4)
 


「いったぁ‥」


寝返りを打ったのか、激痛に目を覚ませば、見知らぬ部屋だった。


ゆきは起き上がる前に、くるくると視線を巡らせ辺りを窺う。




見た所、何処か邸の一室のよう。


薄暗い他は、取り立てて不便はない様に見える。




‥‥‥が。

部屋の入り口は重厚な厚木で作られ、人の顔面の位置には格子状に窓があった。
まるで牢のように。



「うわぁ‥‥‥」



掠れた声が、喉に痛かった。

全身が筋肉痛みたいで‥‥‥。






‥‥‥恐らく、ここは鎌倉。


景時は意識を失ったゆきを、丁寧に運んでくれたはず。
けれど京からの長旅なのだから、意識のなかった彼女の身体中が痛んでも仕方ない。



(でも‥‥‥ここでは弱味を見せたくないよ)



辛い身体に鞭打って、ゆきは身を起こした。















「‥‥‥お嬢さん、お目覚めかしら?」

「‥‥‥‥‥‥」



返事をせず夜具の上に正座している少女に、政子は笑い掛けた。



「随分と長い間寝てらしたもの。何処か辛いのではなくて?」



水の入った湯呑みを渡せば、不信な表情。



毒など入っていない事を告げ、試しに一口飲んで見せる。
すると喉の渇きが切実なのだろう、そっと手を伸ばしてゆっくりと飲み出した。

喉を鳴らす音が小さく聞こえて、やがて彼女はふぅ、と息を吐く。



「‥‥‥それで、私に何をさせたいのですか?」

「あら、私は言った筈ですわ。ゆきさんには鎌倉殿の守護役となって欲しい、と」



そう、それが条件。














『取り引きをなさいませんこと?』

『‥‥‥‥‥‥‥‥‥弁慶さんが、罪を重ねずに済むのなら』

『ふふっ、可愛らしいこと』




『そうですわね。お嬢さんの陰陽術で、鎌倉殿を守護して下さいな。
平家との戦はこれから激しくなります。源氏の棟梁を守る壁は、いくつあっても良いのですから』
















「‥‥‥‥‥‥嘘でしょう?あなたがいれば、充分守れるよね」





‥‥‥‥‥‥なるほど。

鈍そうに見えて鋭い。
決して愚鈍な娘ではない。




こんな所に「彼」が惹かれたのなら、良く分かる。










「ふふっ。本当に可愛いお嬢さんだこと。そうね‥‥‥‥‥‥‥‥‥貴女は、知る必要がありますわ」













絶望と希望は
かくも背中合わせだと、知った。

ゆきの頬を撫でる細い指が、闇であり光。








(弁慶さん‥‥‥)





胸の内で呟くその名は



こんな時でも、愛しさを思い出せる。













ACT39.無明の虚空

20080227

 


BACK
栞を挟む
×
- ナノ -