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「いったぁ‥」
寝返りを打ったのか、激痛に目を覚ませば、見知らぬ部屋だった。
ゆきは起き上がる前に、くるくると視線を巡らせ辺りを窺う。
見た所、何処か邸の一室のよう。
薄暗い他は、取り立てて不便はない様に見える。
‥‥‥が。
部屋の入り口は重厚な厚木で作られ、人の顔面の位置には格子状に窓があった。
まるで牢のように。
「うわぁ‥‥‥」
掠れた声が、喉に痛かった。
全身が筋肉痛みたいで‥‥‥。
‥‥‥恐らく、ここは鎌倉。
景時は意識を失ったゆきを、丁寧に運んでくれたはず。
けれど京からの長旅なのだから、意識のなかった彼女の身体中が痛んでも仕方ない。
(でも‥‥‥ここでは弱味を見せたくないよ)
辛い身体に鞭打って、ゆきは身を起こした。
「‥‥‥お嬢さん、お目覚めかしら?」
「‥‥‥‥‥‥」
返事をせず夜具の上に正座している少女に、政子は笑い掛けた。
「随分と長い間寝てらしたもの。何処か辛いのではなくて?」
水の入った湯呑みを渡せば、不信な表情。
毒など入っていない事を告げ、試しに一口飲んで見せる。
すると喉の渇きが切実なのだろう、そっと手を伸ばしてゆっくりと飲み出した。
喉を鳴らす音が小さく聞こえて、やがて彼女はふぅ、と息を吐く。
「‥‥‥それで、私に何をさせたいのですか?」
「あら、私は言った筈ですわ。ゆきさんには鎌倉殿の守護役となって欲しい、と」
そう、それが条件。
『取り引きをなさいませんこと?』
『‥‥‥‥‥‥‥‥‥弁慶さんが、罪を重ねずに済むのなら』
『ふふっ、可愛らしいこと』
『そうですわね。お嬢さんの陰陽術で、鎌倉殿を守護して下さいな。
平家との戦はこれから激しくなります。源氏の棟梁を守る壁は、いくつあっても良いのですから』
「‥‥‥‥‥‥嘘でしょう?あなたがいれば、充分守れるよね」
‥‥‥‥‥‥なるほど。
鈍そうに見えて鋭い。
決して愚鈍な娘ではない。
こんな所に「彼」が惹かれたのなら、良く分かる。
「ふふっ。本当に可愛いお嬢さんだこと。そうね‥‥‥‥‥‥‥‥‥貴女は、知る必要がありますわ」
絶望と希望は
かくも背中合わせだと、知った。
ゆきの頬を撫でる細い指が、闇であり光。
(弁慶さん‥‥‥)
胸の内で呟くその名は
こんな時でも、愛しさを思い出せる。
ACT39.無明の虚空
20080227
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