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「―――弁慶さんっ!!」
「望美、さん?」
門を出た時に、丁度探していた一人に会った。
手には半分も溜まっていない、いつもの薬草籠を持って。
息を切らす程に走って来たのか、肩で荒い呼吸を繰り返していた。
「望美さん―――」
「ゆきちゃんはどこですか!?」
「――――――は?」
弁慶の問い掛けすら遮ってまくし立てる。
驚いて一瞬言葉を無くす彼を睨み付けていれば、背後から複数の足音がした。
「望美、皆を連れて来たが‥‥‥弁慶、どうした?」
「ありがとう、九郎さん」
「いや‥‥‥だが弁慶が居るんだ。気の所為ではないのか?」
背後から問う九郎と、望美に頼まれた彼が呼び集めた、残りの八葉が首を傾げている。
(‥‥‥そうだよね、弁慶さんはただ薬草を摘んでただけだし‥‥‥偶然かな)
そう。
この運命は、今までとは全然違うのだから。
だが、一瞬の安堵は当の本人によって破られた。
「‥‥‥ゆきが、どうかしたんですか」
ゆっくりと問う弁慶の眼は真摯な光を孕んでいた。
「彼女は何処に‥‥‥?」
望美の背後に、あの栗色の髪の少女の姿がない事を確かめたらしい。
急に低くなった声音。
(弁慶さんも知らないの‥?)
望美は眼を見開いた。
‥‥‥‥‥‥ほら、今までとは違う。
なのに、どうして不安が募る一方なんだろう。
「あの、弁慶さん、実は」
説明しようと望美が口を開いたその時に。
‥‥‥シュンッと音を立てて、待ちわびた人物が現われた。
「神子。土御門邸には姿を見せていない」
「リズ先生、本当ですか」
「間違いない」
短く告げるリズヴァーンの声。
直後に望美は目を伏せる。
「望美さん、どういう事ですか?」
「姫君の秘密を聞き出すのも野暮かもしれないけどね、何があったのか‥‥‥何かあったのか、そろそろ聞かせてくれないかな?」
「うん‥‥‥」
弁慶とヒノエに短く返事をした。
元より、隠すつもりなんかないのだから。
「ゆきちゃん、どこにもいないの。リズ先生が師匠さんに聞きに行ってくれたし、それに」
「あの子の部屋があまりにも綺麗に片付いていたから気になって、白龍に気配を探して貰ったのよ。ゆきの気は馴染みがあるから探しやすいと聞いていたから、でも‥‥‥」
ぽつぽつと呟く望美の言葉を朔が引き継ぎ、そして彼女も言いにくそうに口を閉ざす。
‥‥‥意味がよく分からない。
そんな視線を二人に向ける八葉の中、ただ一対の眼だけが異彩を放った。
「うん。ゆきの気は、京になかった」
「京に、ない‥‥‥」
抑揚なく言葉を繰り返し、彼は白龍を見た。
「そうなんです。それに、景時さんの姿もなくて」
「―――っ!‥」
「兄上の事は心配ないわ。どうせ放っておいても戻ってくるもの。けれど‥‥‥」
「確かにゆきが京にいないのは、不自然だ」
「ええ‥‥‥」
「確かにご飯時に姿を見せないのは、元宮らしくないですね」
弱気な朔の視線に対して、敦盛が続けた。
譲の心配はご飯の事だけなのか、今一つ事情が分かっていないのか。
けれど、望美は彼に指摘をするどころではない。
‥‥‥眼が離せない。
段々と光を無くしてゆく、弁慶の眼差しから。
「‥‥‥弁慶さん?」
声を掛けるも、まるで聞こえていない。
黙って空を見上げる弁慶は、けれど何も映していないかの様に力なかった。
こんな弁慶を望美は『知らない』。
未知なる彼。
望美は初めて、畏怖という感情を、人間相手に抱いた。
「もしかしたら‥‥‥」
やがて望美を正面から捉えた彼は、驚く程静か。
「‥‥‥恐らく彼女と景時は鎌倉に行った筈」
「鎌倉?」
その真偽を問う声すら許さない程の、威圧を覚えた。
誰一人、何も聞くことなく頷く。
籠を握り締めた弁慶の手が白んだ事は、気付かなかった。
「僕達も行きましょう。嫌な予感がする」
この言葉に誰一人否と答える者はなく。
すぐさま出立に向けての用意がなされた。
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