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京邸の門は開いていた。
何故こんな時間に、と不審がったが、ゆきはすぐに分かった。
この先に待っている彼が開けてくれたのだろうと。
邸の門は、開閉する時に軋む音を立てる。
物音に気付いて、出てこられても困る。
万が一にも、誰かに気付かれてしまう訳にはいかないから、初めから開いているのはありがたかった。
邸を出て少し歩いたゆきは、前方に見慣れた姿を見て少し笑った。
「ゆきちゃん」
「景時さん‥‥‥」
景時の手には陰陽術式銃が握られていた。
銃口は真っ直ぐにゆきに向けられている。
『話がある』
法住寺に向かう直前にゆきを呼び止めた彼が告げたのは。
『多分、今夜になると思うよ』
『え?』
『‥‥‥政子さまのご命令を受けているんだ』
それだけで全てが分かった。
「‥‥‥景時さんだとは思わなかったな」
「うん。ごめんね、ゆきちゃん」
ゆきを見つめる景時の眼は、酷く辛そうだった。
「‥‥‥‥‥‥覚悟はもう出来たから平気だよ」
「‥‥‥うん、ゆきちゃんがそんな子だって分かってる。でも‥‥‥ごめんね」
「もう、謝りすぎだよ」
ごめんね、とそれでも謝る景時。
政子はきっと、景時が辛い思いをする事など歯牙にもかけていないだろう。
『君は二人目の妹だよ、ゆきちゃん』
京邸に来てまだ間もない頃に、そう言ってくれた事があった。
その景時がゆきを手に掛けるのだ。
辛くない訳なんてないのに。
自分の大切な人を苦しめている政子に、ゆき激しい怒りを抱いた。
(許せない、絶対)
でもそれは、目の前の男に対してなんかではない。
ゆきは景時に微笑みかけた。
「景時さん、ありがとう」
「‥‥‥‥‥‥ゆきちゃん?」
「私を引き取ってくれて。何もない私のこと、妹だって言ってくれて嬉しかった」
「‥‥‥‥‥っ!‥‥」
景時の顔が悲痛に歪む。
そんな顔しないで、と言いたいのに言わないのは、そうすればもっと悲しい表情を浮かべるのが分かっているから。
代わりに口にするのは、紛れもない本心。
「今までありがとう」
「ゆきちゃんっ!!」
涙を浮かべる景時。
ゆきは彼の前に立った。
「痛くないといいな」
「‥‥‥うん‥‥大丈夫だよ、ゆきちゃん」
「‥‥‥‥‥‥良かった」
ゆきは静かに眼を瞑る。
震える指で景時が引き金を引く。
彼の言葉の通り衝撃は小さく、痛みも殆ど感じなかった。
崩れた身体を抱きあげて、裏に繋いであった馬に乗せる。
ゆきを支えながら後ろに跨る景時にはもう、迷いはなかった。
月の明かりがやけに優しく、切ない夜。
ACT38.さよならを紡ぐ月
20080223
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