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わいわいと楽しく過ごした小さな宴会も終えて、頃は深夜になっていた。

夜闇が濃く京を包む。









別れの挨拶をしようとか、そんな事は何も考えてなくて、
ただゆきは最後に弁慶の顔が見たかった。




敏感な弁慶だから僅かな音でも起きるだろう。
ゆきは足音を忍ばせた。
襖に手を掛け、音を立てずに開く。



(お邪魔します‥‥)



真っ暗な闇だと思った室内は、月明りに仄かに照らされて、
眠る彼の髪を柔らかく彩る。



一瞬、彼の髪に見惚れたゆきは、床が鳴らないよう気をつけて、室内に入った。




‥‥弁慶は静かに寝息を立てていた。




(やっぱり綺麗だな‥‥‥)


いつもはドキドキして、まともに見られない彼の顔。
こうしてじっくり見るなんて、いつ以来だろう。

まだ望美達に出会う前だったか。






譲に切ない恋心を抱えてはいたけれど

毎日が精一杯で。

九郎と景時、朔、そして弁慶を純粋に慕っていられた。


辛い事があっても、彼らの側にいられて幸せだった。

彼らに甘えて生きていられて、幸せだった。




(だけど、私は気付いてしまったよ、弁慶さん‥‥‥)





彼に対する想いが、九郎達へのものとは初めから違っていた事に。



九郎と景時のように、『兄』と見た事など一度としてなかった。




(何をされたって諦められない私は、しつこいって嫌われちゃうかな)








‥‥‥眠る弁慶は普段と変わらず穏やかで、でも何処か張り詰めたような印象を与える。


夜中に男の寝室に忍び込むなんて、襲われたって文句は言えないのに。


我ながら、大胆だと思う。









『‥‥‥お嬢さんからこちらにいらっしゃって。待ってるわ』


政子に告げられた言葉に、逃げ出したくもなったけど。


もう、逃げられない。


本音を言えば、何をされるのか分からないのが怖くてたまらない。






(でも、何があっても、負けないから)


望美の命が狙われずに済むのなら


弁慶がこれ以上罪を背負わずに済むなら

彼が、笑ってくれるなら‥‥‥。












(‥‥‥ごめんなさい、弁慶さん)


愛されてなどいない事位、分かっているけど‥‥。



今までだって、何度か重ねた唇。
いつも奪うように、激しくて。
なのに最後はいつも優しくて、ゆきの心を甘美な想いで満たしていた。


そっと。

キスをしようとして唇を寄せて、寸前で止まる。



(きっと泣いちゃう、私)



今、彼の温もりを唇に感じたらきっと

想いが溢れて泣いてしまう。



代わりにその寝顔をじっと見つめた。




‥‥‥何があっても忘れないために。








弁慶が教えてくれた。

彼の為に生きたい、と思う気持ち。



「‥‥‥あなたを愛しいと思った事‥‥後悔なんてしないよ」



呟きは何処までも小さかった。



「‥‥‥さよなら」



静かにゆきは部屋を出る。











襖を閉める小さな音が、

永遠に

二人を切り離す音のように、聞こえた。





 

 


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