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「惟盛を封印したし、京の怪異はこれで消えたんですよね?」

「そうだ」



リズヴァーンが頷くと、望美は嬉しそうに譲に眼を向けた。
先程ゆきと笑いあったせいか、二人の間のわだかまりが少しだけなくなったように思う。



「‥‥‥みなまで言わなくていいですよ、春日先輩」

「本当!?じゃぁ譲くん」

「ええ。分かりました」



嬉しそうな二人を見て、他の面々は一様に首を傾げる。
そんな彼らに望美は満面の笑顔で答えた。



「今夜は譲くんが腕によりをかけてご馳走を作ってくれるって!」



流石は幼馴染といったところか。
皆まで言わずとも伝わる二人を若干羨ましく思いながら、ゆきはそっと斜め前を見た。






黒い外套の後姿を。











ACT38.さよならを紡ぐ月









秋も深まりを告げたこの時期、夕刻の庭には虫の音も聞こえなくなっていた。
先日までは鈴虫などが煩く泣いていた筈なのに。



(‥‥‥そういえば、今年は虫の声も聞く余裕がなかったかも)



去年の秋は確か、朔と景時と九郎と弁慶と‥‥庭に出て、この時代にはまだなかった「お月見」を無理やり開いたりした。

朔と二人、団子を一杯作って。



(みんなで騒いで、楽しかったな)






もうすぐご飯だよ、と望美に呼ばれて部屋から出たものの、濡れ縁に立ち尽くしてしまった。

こんな時に色々思い出してしまうのは皮肉で、けれど「こんな時」だからこそ浮かんでしまうのだろう。



(思えばここで、この庭で、いろんな事があったな)



初めて景時の陰陽術式銃に触れて、引き金引いても安全だと言われていたのに暴発させた。
彼女に眠る陰陽師としての資質の露見。

まさかそれが自分の両親との深い繋がりを示すとは、思っても見なかった。











‥‥‥けれど、この庭を見ると一番に浮かぶのが


『誰を思って泣いているのですか?』


あの夜のこと。

腕の熱も、薬草の匂いも、今でも鮮やかに蘇る。















「‥‥‥ゆき、どうしたの?皆待っているのに」

「あ、ごめんね朔」



朔の呼びかけに答えつつ、ゆきはにっこり笑う。

最近どこか遠く感じていた少女。
その笑みが以前と変わりないことに、朔は和んだ。



「今の貴女の顔、恋しい殿方のことでも想っているみたいよ」



冗談のつもりだったのに赤面するゆきに、あら、と眼を見張る。

これでは本当に恋煩いをしている娘そのものではないか。


けれど一旦俯いて、再び顔を上げたゆきの眼差しは真剣なものに変わっていた。



「‥‥‥朔」

「なにかしら?」



小さく。唇だけを動かすから、朔には分からない。

何を言おうとしたの?と聞き返そうとしたが、ふと庭を見たゆきに釣られてそちらを見た。



「ね、朔‥‥‥望月だね」

「本当ね。綺麗な月」



いつしか夕闇を終えた庭先に、大きな満月が昇っていた。
金色に輝く姿は何処までも清い。



「うん、綺麗‥‥‥」



暫く眺めて、同時に我に返った。

顔を見合わせてクスクス笑いあう。



「すっかり時間が経ってしまったわね。行きましょう」

「うん!!」














「ありがとう」



音もなくゆきが告げた言葉。
その意味を、後になって朔は知る。



 
  


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