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翌朝出掛けたのは、三か所ある怪異の噂の残り一つ、仁和寺。


望美の強い希望により、調査にゆきも同行する運びとなった。







さほどかからず見つかる呪詛。


「‥‥‥朔、これ‥凄い強い呪詛だよね?」

「ええ‥‥‥そう言えばゆきは初めて見るのね」


譲の手にある呪詛の形代を覗き込み、不安そうな表情を浮かべるゆきに、朔は正反対の余裕な笑顔。


「朔?どうしたの?」

「ゆき、大人しく見ていろ」

「九郎さんも」


首を傾げると今度は隣に立つ九郎までもが、ゆきの頭に手を置き笑う。

周りを見ても、皆どこか余裕そうで焦りや不安な様子は見受けられなかった。



(‥‥‥前の二か所もこんな感じだったって事?)



そういえば自分の事に精一杯だったから、怪異の話がどうなったかなんて聞く余裕がなかったと気付く。





‥‥‥いや、解決していない事だけなら分かっていた。















『弁慶殿が動くのは、怨霊を操る平家の者を倒した後。
そう話をつけておりますから』


北条政子の、この言葉は信じられる。

根拠はなくとも、ゆきはそう思っている。







その弁慶がまだ何も動いていないのだ。




耳にした噂は、どれも呪詛が原因で生まれたもの。




その呪詛の噂を調べるということは、
呪詛を蒔いた当人の手掛かりを探していることになる。
つまりこの段階では、まだ見つかっていないということ。






(平家の‥‥‥将臣くんの探している人を倒したとき、弁慶さんは動く)





ゆきは帯に手を当てた。
そこにある小さな温もりを確かめるように。







「‥‥‥神子」

「はい、浄化しますね」



リズヴァーンの促す声に応じて、望美は呪詛に手を翳した。


呪言も、札もなにもなく。
ただ触れただけで‥‥‥‥‥‥‥澱んだ気を発していたそれは、白い光となり消えて。






あまりにも美しい光景に、ゆきは泣きそうになる。



「凄いね、私の神子」



白龍が嬉しそうに告げると望美は笑い、すぐに表情を引き締めた。



「後は‥‥」

「ああ、この呪詛を蒔いた本人を突き止めないとね〜」

「そうだな‥‥‥ったく手間かけさせやがって‥‥」



景時が何度も頷く。
将臣の小さな呟きを捉えた敦盛が、複雑な顔で黙り込む。


それを離れて見ている弁慶。



‥‥‥それぞれが自らの考えに入った、沈黙。
だがそれは一瞬で破られた。



悲鳴、怒号、どよめく声、逃げる足音。



望美達は気付き、各々身構える。



「ゆき、後ろに隠れていろ」

「は、はい」



隣に居た九郎がゆきの腕を引き、自らの背後へと庇う。





声が遠くから‥‥‥近付くにつれて、幾十の人が逃げていると分かった。

皆、一様に焦りと恐怖と戸惑いの表情を浮かべ走っている。




弁慶が一人の男の足を止め、何があったのか尋ねた。

話の内容は聞こえない。


だが、やがて男に頭を下げ戻って来た時の彼の眼は、静かに凪いでいた。




「どうやら僕達の敵は、法住寺に現われたようですね」











「行こう、みんな!!」



望美の号令のもと、走る。
当然走り出そうとしたゆきだったが、腕を後ろに強く引かれた。

声を上げようとした口は、即座に手のひらで塞がれる。



「‥‥‥‥‥‥静かに」




耳元で囁く様な声は鋭くて、けれど聞き慣れたもの。

こくんと頷くと、口を塞いだ手を退けた。



「なんで、あなたが‥」

「話があるんだ」




ああ、今。

望美の側を離れる訳にはいかないのに。


法住寺に「敵」が居るなら、











カウントダウンは始まったのに












ACT36.落陽の腕


→後書き 


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