(4/4)
翌朝出掛けたのは、三か所ある怪異の噂の残り一つ、仁和寺。
望美の強い希望により、調査にゆきも同行する運びとなった。
さほどかからず見つかる呪詛。
「‥‥‥朔、これ‥凄い強い呪詛だよね?」
「ええ‥‥‥そう言えばゆきは初めて見るのね」
譲の手にある呪詛の形代を覗き込み、不安そうな表情を浮かべるゆきに、朔は正反対の余裕な笑顔。
「朔?どうしたの?」
「ゆき、大人しく見ていろ」
「九郎さんも」
首を傾げると今度は隣に立つ九郎までもが、ゆきの頭に手を置き笑う。
周りを見ても、皆どこか余裕そうで焦りや不安な様子は見受けられなかった。
(‥‥‥前の二か所もこんな感じだったって事?)
そういえば自分の事に精一杯だったから、怪異の話がどうなったかなんて聞く余裕がなかったと気付く。
‥‥‥いや、解決していない事だけなら分かっていた。
『弁慶殿が動くのは、怨霊を操る平家の者を倒した後。
そう話をつけておりますから』
北条政子の、この言葉は信じられる。
根拠はなくとも、ゆきはそう思っている。
その弁慶がまだ何も動いていないのだ。
耳にした噂は、どれも呪詛が原因で生まれたもの。
その呪詛の噂を調べるということは、
呪詛を蒔いた当人の手掛かりを探していることになる。
つまりこの段階では、まだ見つかっていないということ。
(平家の‥‥‥将臣くんの探している人を倒したとき、弁慶さんは動く)
ゆきは帯に手を当てた。
そこにある小さな温もりを確かめるように。
「‥‥‥神子」
「はい、浄化しますね」
リズヴァーンの促す声に応じて、望美は呪詛に手を翳した。
呪言も、札もなにもなく。
ただ触れただけで‥‥‥‥‥‥‥澱んだ気を発していたそれは、白い光となり消えて。
あまりにも美しい光景に、ゆきは泣きそうになる。
「凄いね、私の神子」
白龍が嬉しそうに告げると望美は笑い、すぐに表情を引き締めた。
「後は‥‥」
「ああ、この呪詛を蒔いた本人を突き止めないとね〜」
「そうだな‥‥‥ったく手間かけさせやがって‥‥」
景時が何度も頷く。
将臣の小さな呟きを捉えた敦盛が、複雑な顔で黙り込む。
それを離れて見ている弁慶。
‥‥‥それぞれが自らの考えに入った、沈黙。
だがそれは一瞬で破られた。
悲鳴、怒号、どよめく声、逃げる足音。
望美達は気付き、各々身構える。
「ゆき、後ろに隠れていろ」
「は、はい」
隣に居た九郎がゆきの腕を引き、自らの背後へと庇う。
声が遠くから‥‥‥近付くにつれて、幾十の人が逃げていると分かった。
皆、一様に焦りと恐怖と戸惑いの表情を浮かべ走っている。
弁慶が一人の男の足を止め、何があったのか尋ねた。
話の内容は聞こえない。
だが、やがて男に頭を下げ戻って来た時の彼の眼は、静かに凪いでいた。
「どうやら僕達の敵は、法住寺に現われたようですね」
「行こう、みんな!!」
望美の号令のもと、走る。
当然走り出そうとしたゆきだったが、腕を後ろに強く引かれた。
声を上げようとした口は、即座に手のひらで塞がれる。
「‥‥‥‥‥‥静かに」
耳元で囁く様な声は鋭くて、けれど聞き慣れたもの。
こくんと頷くと、口を塞いだ手を退けた。
「なんで、あなたが‥」
「話があるんだ」
ああ、今。
望美の側を離れる訳にはいかないのに。
法住寺に「敵」が居るなら、
カウントダウンは始まったのに
ACT36.落陽の腕
→後書き
前 次